寿司職人が独立して開店、前使用者が契約違反で告訴するも敗訴

2015-11-19 2014年
■ 判決分類:営業秘密

I 寿司職人が独立して開店、前使用者が契約違反で告訴するも敗訴

■ ハイライト
有名な日本人の寿司職人、野○裕○は以前「野壽司」で働いていたが、その後自ら料理店「野村鮨」を開き、「野壽司」のもう一人の寿司職人である橋○和○もそちらへ移った。「野壽司」を経営する錦龍華有限公司は上記2人を競業禁止約款違反で告訴し、同じ性質の寿司店を開いて顧客を奪ったとして200万新台湾ドルの賠償金を請求していたが、士林地方裁判所は先日、錦龍華有限公司に敗訴の判決を言い渡した。(自由時報2014年12月2日A10面)

II 判決内容の要約

台湾士林地方裁判所民事判決
【裁判番号】103年度労訴字第15号
【裁判期日】2014年10月31日
【裁判事由】違約金支払い等

原告 錦龍華有限公司
被告 野○裕○
   橋○和○

上記当事者間における違約金支払い等事件について、当裁判所は2014年10月15日に口頭弁論を終え、次の通り判決する。

主文
原告の請求及び仮執行宣言申立をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び判決理由の要約
一.原告の請求:
1.被告野○、橋○は原告に対して、200万新台湾ドル及び起訴状送達の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を各支払え。
2.担保を供託するので、仮執行宣言を申し立てる。
二.被告野○、橋○の答弁:
1.原告の請求と仮執行宣言の申立をいずれも棄却する。
2.不利な判決を受けたときは、担保を供託するので、仮執行免脱宣言を申し立てる。
三.本件の争点:
(一)係争競業禁止約款は双方の合意を経て成立しているのか。
(二)係争競業禁止約款は公序良俗違反により無効となるのか。
1.原告企業に保護に値する利益が存在するのか。
2.係争競業禁止約款は代償措置を約定していないことで無効となるのか。
3.係争競業禁止約款が約定する3年という期間は長すぎるか。6ヶ月を越える部分は無効となるか。
(三)係争競業禁止約款には権利の濫用、信義誠実の原則の違反、公正を著しく欠く状況があるのか。
(四)被告野○、橋○は騙されたことを理由に係争競業禁止約款を破棄する意思表示を行うことに理由はあるのか。
(五)原告と被告野○との労働契約は原告が責を負うべき事由により解約したのか。
(六)被告橋○は原告に派遣されて上海逸喜優公司で働いたのか。原告が責を負うべき事由により労働契約を解約できるのか。
(七)原告が係争野○契約と係争橋○契約に基づいて、野○、橋○に違約金を請求できるのか。その金額は斟酌して減らすべきか。どこまで減額するのが妥当か。
(八)被告野○による相殺の抗弁には理由があるのか。
四.係争競業禁止約款は双方の合意を経て成立しているのか。
(一)被告野○と原告との雇用期間は当初2007年4月15日乃至2009年4月14日であり、主務機関である行政院労勞工委員会(以下「労委会」という。2014年2月17日に労働部に格上げされている)が許可した雇用許可期間は2008年5月31日までであり、さらに2009年4月14日までの延長が許可されている。期間満了後、被告野○は原告と労働契約を継続して結び、その約定期間は2009年4月15日乃至2011年4月14日であり、労委会は雇用許可を2010年5月5日まで延期することを許可した。許可期間が満了となった後、被告野○は再び原告と労働契約を継続して結び、その約定期間は2010年5月6日乃至2012年5月5日であり、労委会は延期を許可した。被告橋○と原告との雇用期間は2010年5月1日乃至2013年4月30日であり、労委会は雇用許可期間を2011年9月10日とすることを許可した後、再び2013年4月30日まで延期することを許可した。原告は上記の労委会に対して被告野○、橋○を雇用する許可を申請する過程において、前後して複数の労働契約書の正本、コピー(ファクシミリ)を提出した。
(二)係争野○契約、係争橋○契約が締結された後、該契約について全く同じ正本2部が作成され、原告と野○、原告と橋○がそれぞれ1部ずつ保管した。
(三)付表1、付表2の労働契約書の内容を詳細に観察すると、それぞれの労働契約書にはいずれも競業禁止約款が含まれている。また被告野○、橋○が最初に原告と労働契約書を結んだとき、証人松○から被告野○、橋○へ関連の約款内容の解説があり、その意味を理解した後に始めて労働契約書に署名したという状況があったことは、すでに証人松○の陳述から明確である。且つ付表1の甲、乙、丙、丁、己号及び付表2の甲号の労働契約書にはいずれも被告野○及橋○の署名又は印鑑がある。被告野○、橋○は上記署名及び印鑑が真正であることについても争っていない。状況を斟酌すると、被告野○、橋○は自らの権利と義務に関する契約内容について、完全にそれが意味する状況を理解せず軽率に署名したという状況までには至っておらず、彼等がわが国で初めて就労したときは、来たばかりで中国語が流暢ではなく、中国語と日本語の2ヶ国語に通じている証人松○から彼等に解説があった後に始めて署名したことは、一般的状況に符合し、信用できる。
(四)証人松○は「(自ら会社を立ち上げてはならない、又は同じ性質の仕事に就いてはならないと述べたか、という被告訴訟代理人からの質問に対して):同じ性質ならば被告2人には事前に我々に相談してほしかった。他の会社で働いてはいけないとは言っておらず、我々と相談してほしかった」と証言している。証人松〇はすでに、被告野○、橋○が同じ性質の会社で働く前に、事前に原告と相談すべきこと等を述べているが、この前後の話を全体的に理解すると、証人松○は被告野○、橋○に対して、原告と相談し、原告の同意を得ることなく、離職後に原告と同じ性質の仕事に従事してはならないこと、即ち被告野○、橋○は原告の同意を得ずに、原告と競業する仕事に従事してはならないことを述べているものである。被告野○が付表1の甲、乙、丙、丁、己号、被告橋○が付表2の甲号に示される労働契約書に署名しており、さらに上記労働契約書にはいずれも競業禁止約款があり、かつ原告は労働契約書を被告野○、橋○に控えとして渡したと主張していることは採用すべきである。前述した通り、被告野○、橋○はその後3 年にわたる在職期間に競業禁止約款に対して異議を申し立てておらず、訴訟に際して証人松○の証言における「他の会社で働いてはいけないとは言っていない」という部分を切り取り、原告と係争競業禁止約款について合意に至っていない云々という主張は採用できない。
五.係争競業禁止約款は公序良俗違反により無効となるのか。
(一)原告企業に保護に値する利益が存在するのか。
1.「被告野○、橋○は原告がわが国で寿司専門店を経営する際の特殊な経験や知識を取得した」とする原告の主張について:
(1)被告野○、橋○の職名はそれぞれ店長、板長であり、仕事の内容はいずれも日本の伝統的な江戸前握り寿司の製作、料理、宣伝、教育訓練等で、それぞれ係争野○契約、係争橋○契約の第10条に明記されている。これは被告野○、橋○の職務内容によると、江戸前寿司の製作、料理及び宣伝に関する事項である。寿司店の経営は料理、製作以外に、レストランの位置づけ、仕入先、食材管理、価格設定、販路の多寡、販促活動、コスト計算、市場動向等の各方面の観念と知識が関わっており、被告野○、橋○がその職務を以って上記の寿司店経営に必要な料理以外の知識と経験を累積したとは認め難い。たとえ被告野○、橋○が仕事の過程において一部の経営面の事項に接触でき、被告野○、橋○の職務に付随して習得できたとしても、原告が経費をかけ特に訓練して得られたものではない。原告が主張する被告野○、橋○が習得した寿司店経営の知識と経験の具体的内容が何なのか、被告野○、橋○が得た知識と経験は被告野○、橋○が他の寿司店で学習し取得できるものではないこと等をいかに事実であると挙証するかについては述べるまでもない。
(2)原告が被告野○、橋○に中国語習得の学費を補助したことについて、被告野○、橋○は本より争ってはいない。ただし、被告野○、橋○の中国語学費に対する補助はそれぞれ2万新台湾ドルのみであり、原告が被告野○、橋○を雇用したときの資本金300万新台湾ドルに比べれば極めて少ない。さらに原告が被告野○、橋○の中国語学習を補助した目的は、被告野○、橋○に店の寿司カウンターで直接顧客にサービスを提供させ、顧客と会話させ、新旧顧客の飲食習慣や個人の好みに関する情報を取得し、安定した顧客の出所を掌握させるためであり、被告野○、橋○が提供する労務を有効に活用することができ、訓練したことで被告野○、橋○が台湾で生活や仕事をするのに必要な基本的技能(即ち中国語を流暢に運用できること)を身につけ、費やしたコストも極めて少なく、よって原告に保護に値する利益があるとは認められない。
2.「被告野○、橋○が顧客との関係を掌握している」とする原告の主張について:
(1)原告は来店した消費者の一部が、被告野○、橋○と特殊な関係(例えば、被告野○、橋○の友人、紹介で来店した消費者)がある、又は被告野○、橋○が提供するサービスに強い忠誠心を持ち、かつこれらの消費者が原告の経営に影響力を有する重要な顧客であると主張しているが、それを証明する証拠資料が提出されていない。原告がかつて紙面の宣伝で被告野○、橋○の知名度を高めたと主張している点については、書籍や雑誌等を証拠として提出しているが、上記報道を詳細に読むと、それらの行文はいずれも先ずは江戸前寿司の特徴が記述され、次に「野壽司」は東京の名店「逸喜優」の台北支店であり、本格的な日本の味を継承していること、「野壽司」の店内環境、消費方法等が述べられ、最後に店内の寿司職人の経歴や調理の理念が紹介されている。原告が前記文章において被告野○、橋○に触れた目的は、これにより読者に対して、原告が雇用する寿司職人が優れた技術と熱心なサービスを有することを示し、読者の来店を誘うものであり、被告野○、橋○を原告に付属する道具としており、これは被告野○、橋○を報道の主役として被告野○、橋○の個人的特色を強調するものではなく、たとえ結果的に被告野○、橋○の知名度を高めたとしても、原告が「野壽司」のために行った宣伝の付随効果であり、被告野○、橋○がこれによって原告の顧客関係を取得したとは認められない。
(2)原告はさらに、被告野○が既存の顧客を奪い取ったため、「野壽司」の2011年度の売上高は2010年度に比べて30%減少した等と主張している。証人、即ち原告企業の会計及び人事を管理している蔡○君は、被告野○が自ら開業した後、1ヶ月の売上高が180万新台湾ドルから約120新台湾ドルに落ち込んだ等と証言している。ただし、売上高の多寡は景気全体の環境の良し悪し、同一市場における競合者の増減、消費者の好みの変化等多くの要素が関わっており、被告野○が既存の消費者を誘引したことでもたらされたとは認め難く、即ち、原告に有利な認定はできない。
3.原告は保護を受けるに値する利益の存在があることを証明する証拠を提出できておらず、係争競業禁止約款は制限の必要性が欠落しているとする被告野○、橋○の抗弁は採用できると認めるべきである。
(二)係争競業禁止約款は代償措置を約定していないことで無効となるのか。
1.原告は、被告野○、橋○の2人が外国人であり、代償を与える必要はない等と主張している。しかし調べたところ、以下の通りであった。
(1)原告が労委会に提出した工作許可(就労許可)申請書をみると、仕事の分類、項目の欄にはそれぞれ「A類」、「15」と記入されており、業種分類コードと照らし合わせると、原告は被告野○、橋○を就業服務法(就業サービス法)第46条第1項第1号の専門性または技術性を有する職業に従事させるため雇用したことがわかる。被告野○、橋○は台湾での就労を連続して申請することができ、就労期間に兼業でき、又は雇い主を変更でき、それは台湾就労期間における転職の自由も保護されるべきである。被告野○、橋○が母国に帰って別に仕事を探す可能性が高いことによって差別されない。
(2)代償措施は、現代社会において益々専門分業が求められていることによるものである。使用者は当時の契約を締結する優位性を以って、弱者である従業員に競業禁止約款に署名することに同意させるが、労働者が在職中又は離職後に如何なる補償も与える必要がなく、労働者に離職後に競業に従事しない義務を迫り、その主な専門的技能を以って離職前の関連する職業に継続して就けず、結果的に弱者である労働者は専門なしで、又は第二の専門で新しい職を探さなければならない。労働者の生存権、就労権の保障は十分ではなく、離職した労働者に対する懲罰と変わるところがなく、現在の労働契約法における弱者である労働者を保障するという思想の流れとは相異なる。これは最高裁判所の103年度台上字第793号で明確に開示されている。さらに使用者は競業禁止約款を以って労働者に競業禁止の義務を課したが、労働者が在職期間又は離職以降、いずれかの形で財産を給付して補償していない。労働者が労働契約終了後、なお使用者の利益を守るため、片務的に、無償で競業に従事しない不作為義務を負わなければならないことは、明らかに労働契約が双務契約である本質と合致しない。客観的に労働者が労働関係終了後になお新しい職を捜して報酬を得ることができない状況(強制退職、労働能力の喪失等)以外に、代償措置が欠如する競業禁止約款は労働者の生存権と就労権を過度に侵害するものであり、無効であるべきである。原告が、代償措置の有無は競業禁止約款の効力に影響しない等の主張は採用できない。
2.係争の野○契約、橋○契約の第4条にはいずれも「乙は契約に署名した後、野壽司を経営する株式の(従業員)利益分配制度を享受することができる」と約定があるが、上記約款には「代償」に係わる文言や類似する意味はみられない。さらに調べたところ、原告が毎月発行する被告野○、橋○の給与支払明細書において、給与部分は「本給」又は「本給」と「非固定的給与」の二者のみであり、「ボーナス(利益分配金)」の給付項目はみられない。原告がこれによって被告野○、橋○に係争競業禁止約款の拘束を受けさせるには、一定期間内により低い給与で元来持っている技能を使えない仕事をさせること、又は仕事が見つからないことへの補償が必要であったことを被告野○、橋○が知っていたと認定し難い。また、原告は、利益分配制度の運営について、野壽司の月間売上高が120万新台湾ドルに達した場合、120万新台湾ドルを超えたならば店長は80,000新台湾ドルの利益分配金を享受でき、売上高が170万新台湾ドルを超えたならば、170万新台湾ドルを超えた部分について店長と板長は6%の従業員利益分配金を受け取ることができる等と述べている。被告野○、橋○の得ることができる従業員利益分配金は、被告野○、橋○の労務提供によって得られる対価又は奨励であり、単に係争競業禁止約款の締結によって受け取ることができるというものではなく、被告野○、橋○の在職期間の業績や原告の経営成果等の要因によって決まるため、代償措置の性質を有すると認め難く、被告野○、橋○に競業させないための補償とは認められない。
(三)以上をまとめると、原告は保護に値する利益の存在を立証していないのみならず、制限の必要性が欠如しており、且つ係争競業禁止約款は被告野○、橋○の在職期間及び離職後に適切な補償措置又は給付がなく、被告野○、橋○の就労の自由を制限しており、無効であるべきである。係争競業禁止約款はすでに無効であるため、被告野○、橋○を拘束してはならない。原告が、被告野○、橋○の係争競業禁止約款違反を理由に係争競業禁止約款に基づき被告野○、橋○に違約金の支払いを請求することは正当ではなく、許可できない。被告野○、橋○が係争競業禁止約款は公序良俗違反により無効である等の抗弁は採用でき、その以降の争点は論述する必要はない。
六.上記説明に基づき、原告には保護に値する利益が存在せず、さらに代償の措置又は約定がないため、係争競業禁止約款は無効であるべきである。したがって、原告は被告野○、橋○が係争競業禁止約款に違反しているため、係争競業禁止約款に基づき被告野○、橋○に対してそれぞれ違約金200万新台湾ドル及び法定の遅延利息を支払うよう請求することには根拠がなく、理由がないため、許可すべきでない。原告の請求が棄却されたことで、その仮執行宣言申立もその理由を失ったため、併せて棄却すべきである。
七.本件事実証拠はすでに明らかであり、双方の攻撃防御方法とそれが提出した証拠は斟酌したところ、本判決結果に影響をもたらさないため、逐一論駁しないことをここに述べる。
八.以上の次第で、本件原告の請求には理由がなく、民事訴訟法第78条に基づき、主文のとおり判決する。

2014年10月31日
労働法廷裁判官 許碧恵
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