競業避止義務条項及び営業秘密保護の合理性に係る判断

2017-05-23 2016年
■ 判決分類:営業秘密

I 競業避止義務条項及び営業秘密保護の合理性に係る判断

■ ハイライト
一.競業避止義務(条項)の目的が使用者の商業的利益と営業秘密を保護することであることから、使用者が保障しようとする営業秘密又は商業的利益に係る秘密情報はそれが関わる専門性、独創性、秘密性の性質が高いほど、使用者が競業避止義務条項でこの営業情報を保障する正当性が高くなる。ただし被用者が使用者の下で習得した特殊な知識又は技能を利用して使用者にとって不利益となる競業行為を行うときのみ、競業避止義務条項は合理的制限の範囲となる。被用者が仕事上の経験で蓄積して内在化された資産は、競業避止義務条項で保護される特殊な知識や技能と見なすことはできない。
二.被用者に退職後の競業行為を禁止する条項に、競業行為を禁止する地域及び期間が全く明文化されておらず、さらに競業避止義務に対する合理的な代償がないだけではなく、競業避止義務(条項)による保護を受ける正当な利益もないならば、該条項が退職した被用者の自由に仕事を選択する権利を放棄するよう約定することで、その生存権、就労権に対して甚大な影響を与えてしまい、その状況は明らかに著しく公正に欠き、権利を濫用するものとなる。(資料出所:知的財産局)

II 判決内容の要約

台湾高等裁判所民事判決
【裁判番号】104年度労上字第124号
【裁判期日】2016年5月18日
【裁判事由】損害賠償

上訴人  兆発科技股份有限公司(T-Win Technology Service Inc.)
被上訴人 ○建良

上記当事者間における損害賠償請求事件について、上訴人は2015年10月21日台湾新竹地方裁判所104年度労訴字第4号第一審判決に対して上訴を提起するとともに、訴えの追加を行った。本裁判所は2016年5月4日に口頭弁論を終え、次のとおり判決する。

主文
上訴及び追加の訴えをいずれも棄却する。
第二審(追加の訴えを含む)の訴訟費用は上訴人の負担とする。

一 事実要約
(一)上訴人は起訴して次のように主張している。被上訴人は2011年1月11日から上訴人(会社)に雇用され、ICレイアウトエンジニアを担当した。双方の秘密保持契約(以下「係争契約」)第4、8条の約定により、被上訴人は雇用期間及び雇用解約後に上訴人の同意を得ずに、上訴人の業務と同じ又は類似する会社、商号又は個人の被用者、受任者等に就任してはならない。また被上訴人は在職期間に係争契約第4条第3項に約定された競業避止義務の対価として「代償金」3930新台湾ドルを毎月受領していた。ところが、被上訴人は2013年12月25日に退職した後、上訴人から書面での同意を得ずに、2014年3月31日から上訴人の業務項目とほぼ同じである訴外人臣徳科技有限公司(Chandler Technology Co. Ltd.、以下「臣徳公司」)に雇用され、同日臣徳公司の指示で上訴人の顧客である台湾積体電路製造股份有限公司(Taiwan Semiconductor Manufacturing Company, Limited、以下「台積電公司」)に派遣され、ICレイアウトプロジェクトの作業を行っており、これは係争契約の上記約定に違反するものであり、双方間の雇用契約が解約された後に負うべき残存義務に違反し、かつ故意に善良な風俗に反する方法で上訴人に損害を与え、さらには法律上の原因がなく上訴人が発給した競業避止義務に対する代償金を受け取った。係争契約、民法第227条が準用する第226条第2項、第184条第1項後段及び第179条の規定により、被上訴人に損害賠償を請求する。被上訴人が在職期間中に受領した競業避止義務に対する代償金である計14万1480新台湾ドル、被上訴人が上訴人の会社で職業訓練期間に受領した給与である計51万148新台湾ドル及び上訴人が失った台積電公司からのサービス報酬85万1240新台湾ドルを足した合計損害額は150万2868新台湾ドルである。

(二)被上訴人は次のように主張している。係争契約第4条は、被上訴人が「上訴人に雇用されていた期間」においてのみ(上訴人の)同意を得ずに上訴人の業務と同じ又は類似する会社、商号又は個人の被用者となってはならないと制約するもので、被上訴人が退職した後は競業行為を禁止するという制約を受けるものではない。さらに係争契約は企業経営者である上訴人が不特定多数の被用者と結ぶ同類の契約に先立って作成された定型約款の契約であり、その中の競業避止義務条項である第4条と第8条では合理的な補填手当て又は代償措置が約定されておらず、かつ被上訴人が退職した後に競業行為を禁止する対象、期間、地域については限定されておらず、被上訴人が生計を立てるのに困難をもたらすものである。被上訴人は在職期間に上訴人の営業秘密又は特殊な知識及び技能を得ておらず、上訴人が競業避止義務条項の保障を受ける正当な利益が存在しない。民法第247条の1及び第148条規定により、当該条項は著しく公正に欠くもので無効である。また上訴人が被上訴人の在職期間に毎月支給した3930新台湾ドルは「勤勉手当」であり、労務の対価としての給与であり、競業避止義務に対する代償金ではない。また従業員の養成及び訓練は職業の自然現象であり、上訴人は被上訴人のためにいかなる在職研修費も支給したことがなく、被上訴人が受領した給与を在職研修費と認めることもできない。さらに、上訴人は被上訴人が退職した後に台積電公司との取引を開始しており、被上訴人の退職によって台積電公司へのサービスからの得べかりし利益を逸失したと上訴人が主張することには根拠がない。

二 両方当事者の請求内容
(一)上訴人の上訴及び訴えの追加の請求:1.原判決を取り消す。2.被上訴人は上訴人に対し、150万2868新台湾ドル及びこれに対する起訴状副本送達の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。3.上訴人は担保を供託するので、仮執行宣言を申し立てる。
(二)被上訴人の答弁:1.上訴及び訴えの追加の請求を棄却する。2.不利な判決を受けたとき、被上訴人は担保を供託するので、仮執行免脱宣言を申し立てる。

三 判決理由の要約
(一)係争契約の第4条第2項には「甲(即ち被上訴人)は『乙(即ち上訴人)に雇用されている期間に』、書面で乙の同意を得ずに、以下の行為をしてはならない。……2.乙の業務と同じ又は類似する会社、商号又は個人の被用者、受任者、債務引受人又は顧問に就任する」と約定されているが、係争契約の第8条には「本契約は第5、6条の規定を除き、甲と乙の雇用関係の解約、取消、解除又は無効によりその効力を失うことはない」と約定されている。双方が上記約定を通じて、係争契約存続期間における双方の権利と義務に関する約款、つまり第2条の知的財産権の「権益帰属」、第3条の営業秘密の「秘密保持義務」、第4条の「競業避止義務」等の条項を含む約款を『係争契約の解約又は失効の後まで延期して』適用することに合意していることは明らかである。また、双方は係争契約の解約又は失効の後に、係争契約の上記各条項の約定により権利を行使し、義務を負わなければならない。併せて、競業避止義務条項は会社が商業秘密と営業利益を保護し不正競争を避けるために、在職及び退職の従業員が以前の会社の業務と同じ事業に従事してはならないと制限する目的を以って制定されたことを参酌し、双方が約定した係争契約第4条第2項及び第8条により被上訴人は雇用期間及び退職後のいずれも前記「競業避止義務」の約定を遵守しなければならない等という上訴人の主張は認めることができ、根拠がないものではない。

(二)しかしながら、民法第148条には「権利の行使は、公共の利益に反したり、他人に損害を与えたりすることを主な目的としてはならない。権利の行使と義務の履行は、誠実で信用できる方法によらなければならない。」と規定されている。また民法247条の1にも「当事者一方が予め定められた同類の契約に用いた条項によって定めた契約が次の一つの約定に該当し、その状況が著しく公正に欠くときは、当該部分の約定は無効である。1.予め定められた契約条項の当事者の責任が免除又は軽減されているとき。2.他方の当事者の責任が加重されているとき。3.他方の当事者に権利を放棄させたり、その行使権を制限したりするとき。4.そのほかに他方の当事者に重大な不利益があるとき。」と明らかに規定されている。さらに競業避止義務の約定は、被用者が在職期間に得た使用者の営業上の秘密又は商業的利益に係る秘密情報について、使用者は被用者が不当な方式で外部に漏洩することで利益が損害を受けることを避けるため、在職期間及び退職後の一定期間に元の使用者の下で働いていた期間に知りえた技術又は業務の情報を利用して競業行為をしてはならないと被用者と約定するものである。退職後の競業避止義務に係る約定について、それで競業行為が制約される期間、地域、範囲及び方法が社会の一般的観念及び商習慣上、合理的かつ適当であり、制約を受ける当事者の経済的生存能力を危ぶむものではないと認められるとき、その約定は始めて無効ではないと認められる(最高裁判所103年度台上字第793号判決主旨を参照)。

(三) 調べたところ、係争契約条項は上訴人一方が雇用する不特定多数の労働者と契約することを目的として作成した定型約款契約の条項である。係争契約第8条の退職後の競業避止義務に係る約定は著しく公正を欠くものであり、民法第247条の1及び第148条の規定により無効である等と被上訴人は抗弁しているが、上訴人はこれを否認している。しかしながら次のとおりである。
1.係争契約第8条、第4条第2項は被上訴人の退職又は契約解約の後も有効が継続される約定であり、被上訴人の退職後に競業行為が禁止される「期間」が明文化されていないだけではなく、被上訴人の競業行為が禁止される「地域と範囲」も何ら規範がなされていないため、被上訴人の就労権に対する制約は合理的な範囲を超えていないとは言い難い。
2.上訴人は次のように主張している。上訴人(会社)は被上訴人の在職期間に、係争契約第4条第3項約定により1ヵ月あたり被上訴人に対して代償金3930新台湾ドルを競業避止義務に対する代償として支払っており、該金額は雇用時の約定に基づき食事手当てを差し引いた給与の15%として算出したものである。被上訴人が受領した上記代償金が14万1480新台湾ドルに達し、これは手取り本給の6ヵ月分に相当する。よって上訴人が被上訴人に「退職後6ヵ月以内」、即ち2013年12月25日から2014年6月25日までの間に競業避止義務を履行するよう要求することは合理的であり、被上訴人が退職後約4ヵ月で臣徳公司に就職したことは、競業避止義務の制約を受けるべきものであり、(上記要求は)公正を欠くものではない。「台積電公司」が上訴人の顧客であることについては、被上訴人が明らかに知るところであり、該社を被上訴人の競業避止義務の対象と認定することも失当ではない云々。さらに上訴人は「建良への手紙」(訳注:上訴人から被上訴人に出した手紙)のコピーを提出し、「もしあなたが同業/競業の企業のために兆発公司の顧客グループ(合計200~300社で、その中に台積電公司も含まれる…)に駐在したり、接触したりしてサービスを提供するならば、兆発科技は法的手段をとる…」と書いたことを証拠とした。しかしながら調べたところ次のとおりである。
(1)係争契約第4条第3項には「甲の月給の本給に対する15%として算出した金額は、双方で締結した『秘密保持及び競業避止協議書』及び本契約第1条、第2条、第3条で定める義務、責任及び約定を甲が履行する対価としての代償金として乙が甲に支払い、甲の退職又は双方による本契約の解約まで支払う」等と約定されているが、被上訴人の給与明細に記載されている3930新台湾ドルの給付名目はいずれも「勤勉手当」であり、その文字の意味は労働者の忠勤と勤勉に対する対価であり、形式上の観察において競業避止義務に対する代償という性質と同じものとは認め難い。したがっていわゆる「勤勉手当」が競業避止義務に対する代償としての性質を有するのか、係争契約第4条第3項で約定する「対価としての代償金」の誤記であるのかは、疑義がないものではない。
(2)たとえ「勤勉手当」が係争契約第4条第3項に約定される「対価としての代償金」の性質を有したとしても、上訴人が被上訴人の在職期間に毎月「対価としての代償金」を支払う義務は双方の雇用契約が解約された後も有効であり続けるべきである。しかしながら上訴人は被上訴人が退職した後、被上訴人に競業行為を禁止する制約についていかなる名目の代償金も支払っていない。さらに物事の糸口を引き出してみると、係争の約定である被上訴人が月給の本給の15%として算出した給与は、双方で締結した「『秘密保持及び競業避止協議書』及び本契約第1条、第2条、第3条で定める義務、責任及び約定を履行する対価としての代償金」として上訴人から被上訴人に支払われたものであり、明らかにこの「対価としての代償金」3930新台湾ドル/月は、すべてが競業避止義務の代償としての性質を有するものではなく、係争契約第2条の被上訴人が雇用期間に生み出した又は創作した知的財産権を上訴人に帰属させること、及び契約第3条の被上訴人が秘密保持義務を負うことに対する対価でもある。どのように被上訴人が退職した後も一体化して適用するのかは疑義がないものではなく、被上訴人が退職後の生活に必要なものを維持できるものはなく、合理的な代償とは認め難い。したがって上訴人が被上訴人に競業避止義務の代償として支払った金額から、被上訴人が退職後6ヵ月の間に競業避止義務を履行するよう合理的に要求できる云々とする上訴人の主張は明らかに根拠がない。
(3)また調べたところ、台積電公司は書簡にて、上訴人は2014年5月から工場への従業員派遣駐在サービスを始め、臣徳公司は2012年2月から工場への従業員派遣駐在サービスを開始した等と述べている。明らかに被上訴人が上訴人に在職していた期間には、上訴人と台積電公司との間に従業員を派遣駐在させるいかなるプロジェクトの協議も計画もなく、被上訴人もかつて台積電公司に駐在して働いたことがないことは明らかである。被上訴人は台積電公司が上訴人の顧客だと知っており、且つ台積電公司のプロジェクトを請け負うために特に訓練したスタッフであるため、被上訴人の競業避止義務の対象に台積電公司が含まれると合理的に解釈できる云々という上訴人の主張には根拠がない。上訴人が被上訴人の退職時に始めて書簡を以って被上訴人に台積電公司で働いてはならない云々と一方的に要求したことは、被上訴人の承諾を受けていないため、被上訴人を拘束してはならず、その理も明らかである。
3.さらに競業避止義務(条項)の目的が使用者の商業的利益と営業秘密を保護することであることから、使用者が保障しようとする営業秘密又は商業的利益に係る秘密情報はそれが関わる専門性、独創性、秘密性の性質が高いほど、使用者が競業避止義務条項でこの営業情報を保障する正当性が高くなる。ただし被用者が使用者の下で習得した特殊な知識又は技能を利用して使用者にとって不利益となる競業行為を行うときのみ、競業避止義務条項は合理的制限の範囲となる。調べたところ、次のとおりである。
(1)集體電路電路布局保護法(集積回路レイアウト保護法)第16条に「本法が保護する回路レイアウト権は、次の各号の要件を有さなければならない。1.創作者の知的努力によるものであり、盗用していないもの。2.創作時に集積回路産業及び回路レイアウトの設計者にとって平凡、一般的又は周知ではないもの。」と規定されており、集積回路レイアウトが平凡、一般的で周知であると認められるときは、回路レイアウト権を登録できず、保障を主張できない。調べたところ、35ヵ月近い被上訴人の在職期間において、研修期間は20ヵ月に達しており、前後して新人研修とナノプロセス研修を受けている云々と上訴人が主張しており、被上訴人が在職期間に作成した研修週報、工場駐在時間明細表、研修過程説明書等の書類を証拠として提出した。しかしながら上訴人が被上訴人に提供した在職研修又は実務操作の内容には、集積體電路電路布局保護法により登録、取得したいかなる回路レイアウト権があり、その中に平凡又は一般的ではなく、一般人が周知し得ない特殊な知識又は技術があり、競業避止義務条項による保護が必要なものであることは立証されておらず、(上訴人の主張は)認め難い。
(2)上訴人の会社で従業員は毎月給与を受領する以外に研修費が支出されていないこと、上訴人が被上訴人に対して行ったレイアウトの訓練とは、被上訴人が上訴人の提供する内容(電気回路図、レイアウトコンポーネントモデル、レイアウトスキーム、レイアウトルール、LVSプログラム等のレイアウトモデル資料を含む)について上訴人の指導の下でレイアウトソフトを使いICレイアウトを経てレイアウト完成結果図を作成したことであること、研修週報は被上訴人による練習作業の成果と講義を整理したレポートであること等を上訴人が自ら認めていることについて、さらに詳細に斟酌した。上訴人によると、被上訴人の研修過程では、授業を通じて基本的な半導体の学理と電子学の基本常識を指導しており、最も重要なプロセスは、受講者がエラーの実務練習においてレイアウトで発生したエラーを個別に解決し、受講者に練習した内容を週報の中に記載するよう要求するところにあるという。以上をまとめると、被上訴人が上訴人のために労務に服していた期間に、上訴人の指導・監督の下で受けた在職研修はICレイアウトの基本学理の指導と実際のモデルの操作演習のみであり、特殊な知識や技術の伝授はみられないこと、さらにそれら指導と訓練は被上訴人のICレイアウトに関する実務経験を強化して、上訴人が与えた仕事をこなせるようにすることを目的とするもので、たとえ上訴人がこのために経費を投じたとしてもそれは明らかに経営コストの支出に該当すること、被上訴人が上記在職研修を受けた後に上訴人から訴外人聯発科技(MediaTek)等の企業へ派遣されてICレイアウト作業を行っており、被上訴人は研修を受けた後、在職期間において上訴人から指示された研修と派遣を通じて仕事の知識と実務経験を養成、蓄積したことは、被用者が一般的な職場での就業で労務を提供するのと同時に得られた自身の能力向上に対するフィードバックであり、この種の被用者が仕事上の経験で蓄積して内在化した資産は、競業避止義務条項で保護される特殊な知識や技能と見なすことはできず、被上訴人に対する退職後の競業避止義務の期限と地域に関する制約によって被上訴人はその専門を以って仕事を探すことができず、その生計に深刻な影響を与えていると認めることができ、(制約が)合理的であるとは言い難い。
4.また労働基準法第9条の1には「次の各号に該当しないとき、使用者は労働者と退職後の競業避止義務について約定してはならない。1.使用者に保護を受けるべき正当な営業利益がある。2.労働者が担当する職位又は職務が使用者の営業秘密に接触又は使用できる。3.競業避止義務の期間、地域、就労活動の範囲及び競業行為の対象が合理的な範囲を超えていない。4.労働者が競業行為に従事しないことで受ける損失について使用者からの合理的な代償がある。前項第4号でいう合理的な代償には、労働者が在職期間に受領した給付を含まない。第1項各号のいずれか一つに該当しないとき、その約定は無効である。」と規定されている。上記条文は双方の係争契約が締結された後の2015年12月16日に新設されたが、係争契約における退職後の競業避止義務に係る約定が著しく公正を欠くものであるか、信義誠実の原則及び公序良俗に反しているか、権利を濫用していないかについては、上記の新設された労働基準法第9条の1の趣旨と民法第1条を引用して解釈及び認定の依拠としてはならないということはない。ここで係争契約第8条の被上訴人の退職後における競業行為を禁止する約款を詳細に斟酌したところ、競業行為を禁止する地域及び期間が全く明文化されていないだけではなく、さらに競業避止義務に対する合理的な代償がなく、競業避止義務(条項)による保護を受ける正当な利益もない。つまり該条項が被上訴人の自由に仕事を選択する権利を放棄するよう約定することで、その生存権、就労権に対して甚大な影響を与えてしまい、その状況は明らかに著しく公正に欠き、権利を濫用するものとなる。

(四)上訴人はさらに次のように主張している。たとえ係争契約の退職後の競業避止義務条項が無効だったとしても、双方が雇用関係を解約することで合意した後もなお、被上訴人は雇用関係存続中に発生した上訴人の履行利益を確保し、(契約関係を)解約する行為により(上訴人が)損害を受けないようにするという残存義務を負わなければならない。被上訴人は、上訴人がICレイアウトエンジニアを半導体関連メーカーに派遣することを目的として被上訴人と雇用契約を結び、被上訴人を含むエンジニアが台積電公司へ派遣されて駐在する予定であることを明らかに知りながら、被上訴人が退職後に上訴人と競合関係にある臣徳公司に入り、台積電公司に駐在エンジニアとして派遣されたことは、明らかに残存義務の違反であり、善良な風俗に反する方法で上訴人に損害を与えたため、民法第227条、第226条第2項の債務不履行規定、及び第184条第1項後段の権利侵害行為規定により損害賠償責任を負う必要がある云々。しかしながら次のとおりである。
1.学説でいう「残存義務」とは、契約関係が消滅した後、相手方の人身と財産上の利益を保護するため、当事者間で派生した保護義務を内容とし、ある種の作為又は不作為の義務を負い、同項義務に違反すると、契約解約後の過失責任が構成され、債務不履行の規定に基づいて損害賠償を負わなければならない(最高裁判所95年度台上字第1076号民事判決趣旨を参照)。しかしながら、上訴人が競業禁止義務(条項)による保護を受けるべきいかなる特殊な専門知識と技術の正当な利益があるかを立証していないことはすでに認定されている。双方の雇用契約が解約された後もなお、競業避止義務、すなわち上訴人と同一又は類似の業務又は仕事について雇用されたり、経営したりしてはならないという残存義務を負う云々との上訴人の主張は、採用できない。
2.次に調べたところ、被上訴人は退職3ヵ月後に臣徳公司に雇用され、当時上訴人とは提携関係がなかった台積電公司に駐在するよう派遣されたことに、善良な風俗に反する方法を以って上訴人に損害を与える故意があったとは認め難い。
3.さらに、上訴人は被上訴人が退職したことで人員不足となり、台積電公司が必要とする人員派遣をできなかったという状況をもたらしたことを証明していない。よって被上訴人が臣徳公司に雇用されて上訴人が台積電公司のサービス報酬を失ったことによる得べかりし利益の損失があったとは認め難い。

(五)被上訴人が退職した後、係争契約に約定された競業避止義務を履行せず、在職期間に競業避止義務の(対価として)代償金合計14万1480新台湾ドルを受領した法律上の原因はないため、民法第179条の不当利得規定により上記金額を返還すべきである云々と上訴人が主張していることについて調べたところ、上訴人が被上訴人の在職期間に給付した「勤勉手当」合計14万1480新台湾ドルが係争契約第4条第3項に定められる「対価としての代償金」であるかについて疑義がないとはいえない。たとえこの金額が上訴人が係争契約第4条第3項に基づいて給付したものであっても、被上訴訴人の退職前に上訴人が係争契約第2、3、4条により各義務を履行する対価としての代償金でもあり、係争契約第8条で約定された上訴人が被上訴人の退職後に被上訴人に給付し続ける競業避止義務の(対価としての)代償金とは係わりない。したがって、係争契約第8条に定められる被上訴人の退職後の競業避止義務に関する条項は無効である。被上訴人が在職期間に受け取った前記14万1480新台湾ドルは、法律上の原因がないものではない。

以上をまとめると、上訴人が被上訴人に150万2868新台湾ドルの支払いを請求することは理由がなく、棄却すべきである。原審が上訴人の全面敗訴の判決を下したことは、法に合わないところがない。上訴趣旨で原判決が不当であり、それを取り消して改めて判決を行うよう請求したことには理由がなく、棄却すべきである。上訴人の追加の訴えでは、原審で被上訴人に14万1480新台湾ドルの元金と金利を支払うよう請求した部分について、さらに民法第179条の規定により請求しているが、それも理由がなく、棄却すべきである。以上の次第で、本件上訴及び追加の訴えには理由がなく、民事訴訟法第449条第1項、第78条により主文のとおり判決する。

2016年5月18日
労働者法廷 裁判長 許紋華
裁判官 王怡雯
裁判官 李瑜娟
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