「阻害要因」とは、関連する引用文献の中に特許出願に係る発明を「排斥」する教示又は示唆が明確に記載されているか、又は実質的に暗示されていることをいう

2022-08-23 2021年
■ 判決分類:専利権
 
I 「阻害要因」とは、関連する引用文献の中に特許出願に係る発明を「排斥」する教示又は示唆が明確に記載されているか、又は実質的に暗示されていることをいう
 
■ ハイライト
原告は2018年1月12日に「心臓の健康状態に係る分析と管理をモバイルアプリケーションと結合する方法(原文:心臟健康狀態分析與管理結合行動應用之方法)」(以下「係争出願」、付図1)について被告に対して特許を出願し、被告が審査を行い、拒絶査定を下した。原告はこれを不服として、2019年4月15日に再審査を請求するとともに、同年6月24日及び2020年2月17日に補正された特許請求の範囲を提出し、被告は前記の補正された特許請求の範囲を以って審査し、本出願は専利法第22条第2項規定に該当するとして、「特許を受けることができない」という処分(拒絶査定)を下した。原告はこれを不服として経済部に行政訴願を提起したが、棄却された(原処分は維持された)。原告はなお不服として、知的財産裁判所に対して行政訴訟を提起した。本件について知的財産裁判所は審理した結果、なお原告の訴えを棄却した。
 
重要な争点:引用文献1(付図2)には、引用文献2(付図3)と組み合わせることができないという阻害要因があるのか。
上記問題について、知的財産裁判所は次のように指摘している:
「阻害要因」とは、関連する引用文献の中に特許出願に係る発明を「排斥」する教示又は示唆が明確に記載されているか、又は実質的に暗示されていることをいう。引用文献1にはすでにSCG信号及びECG信号の計測、分析及び計算の方法が開示されており、その発明の属する技術分野における通常の知識を有する者であれば、(引用文献1を)引用文献2と容易に組み合わせて、引用文献2のSCG信号計測という類似の技術に適用することができる。
引用文献1が採用している「一つのモバイル通信デバイス」でSCG信号及びECG信号を計測するという部分については、引用文献1にはその他の周知技術も開示され、記載されている実施方法は例として示されている好ましい実施例にすぎず、その効果を強調するのに用いられており、引用文献1の好ましい実施例から、引用文献1がその他の周知技術(引用文献2を含む)等と組み合わせる可能性を「排斥」していると直接に認めることはできないため、原告による阻害要因の主張は採用し難く、したがって原告の主張に理由がなく、棄却すべきである。
 
II 判決内容の要約
 
知的財産裁判所行政判決
【裁判番号】109年行專訴字第 52号
【裁判期日】2021年5月19日
【裁判事由】特許出願
 
原告 長庚大学  
被告 経済部知的財産局
 
上記当事者間の特許出願事件について、原告は経済部2020年9月23日経訴字第10906308960号訴願決定を不服として、行政訴訟を提起しており、本裁判所は次の通り判決する。
 
主文
原告の訴えを棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
 
一、事実概要
原告は2018年1月12日に「心臓の健康状態に係る分析と管理をモバイルアプリケーションと結合する方法」(以下「係争出願」)について被告に対して特許を出願し、被告が第107101340号案件として審査を行い、拒絶査定を下した。原告はこれを不服として、2019年4月15日に再審査を請求するとともに、同年6月24日及び2020年2月17日に補正された特許請求の範囲を提出し、被告は前記2020年2月17日に補正された特許請求の範囲を以って審査し、本出願は専利法第22条第2項規定に該当するとして、「特許を受けることができない」という処分(拒絶査定)を下した。原告はこれを不服として経済部に行政訴願を提起したが、棄却された(原処分は維持された)。原告は原処分と訴願決定を不服として、本裁判所に行政訴訟を提起した。
 
二、両方当事者の請求内容
(一)原告の主張:原処分及び訴願決定を取り消す。被告は係争出願に対して許可査定を下さなければならない。
(二)被告の主張:原告の訴えを棄却する。
 
三、本件の争点
(一)引用文献1には、引用文献2と組み合わせることができないという阻害要因があるのか。
(二)引用文献1と引用文献2の組合せは、係争出願の請求項1が進歩性を有しないことを証明できるのか。
 
四、判決理由の要約
(一)「現行専利法第22条第2項には、発明は第22条第1項各号に掲げる場合のいずれにも該当しなくとも、その発明の属する技術分野における通常の知識を有する者が出願前の先行技術に基づいて容易になし得るときは、特許を受けることができない、と規定されている。次に、特許出願に係る発明はその発明の属する技術分野における通常の知識を有する者が出願前の先行技術に基づいて容易になし得るか否かを判断する時、特許出願に係る発明の全体、即ち各請求項に係る発明全体を対象とすべきであり、請求項の各構成要素の技術的特徴を個別に対比するものではない。ただし、請求項に係る発明が個別の構成要素の組合せで成り立っており、各部分の構成要素もその技術的内容であるため、特許出願に係る発明が進歩性を有するか否かを判断するとき、以下の手順を踏まずにこれを判断してはならない:手順 1:対比される特許出願に係る発明の範囲を確定する。手順 2:関連する先行技術の開示内容を確定する。手順 3:対比される発明の属する技術分野における通常の知識を有する者の技術水準を確定する。手順 4:対比される発明と関連する先行技術の開示内容との間の相違点を確認する。手順 5:対比される発明の属する技術分野における通常の知識を有する者が関連する先行技術に開示された内容と出願時におけ通常の知識を参酌して、特許出願に係る発明を容易になし得るか否かを判断する。」を参照できる。
 
(二)係争出願の技術分析
係争出願の解決しようとする課題:心肺蘇生ガイドライン(CPR Guideline )によると、心電図で心臓疾患の初期症状を見つけることには限界があり、一部の患者では心臓発作を起こしたとき、心電図上に心拍の信号(波形)はあるが、心臓はすでに拍動を停止しているとうことがあり、この現象は無脈性電気活動(Pulseless electrical activity、略称PEA)と呼ばれている。よって、心電図の計測だけでは、心臓ポンプ機能を評価することができず、心不全(HF)の急性発作や心臓弁膜症(VHD)等の兆候を検知することができない。さらに弁膜性心臓疾患患者の初期症状は心臓の不調とは関係がないため、心電図計測だけで検知できず、多くの患者の治療開始時期が遅れてしまい、心臓エコーや心臓MRIの検査でやっと弁膜性心臓疾患だと分かる。このため、早期治療ができず、最適な治療時期を逃してしまい、これによって心臓は大きなダメージを受け、さらには死に至ることもある。上記の内容から分かるように、在宅で使用でき、心臓疾患の兆候を連続モニタリングする早期警告システムを提供することは、高齢者心臓疾患のリモートケアにとって喫緊の課題となっているため、本発明は心臓機能を計測し、機能異常を識別する方法であり、在宅で随時心臓の状態を計測でき、アプリソフトを組み合わせたモバイルアプリケーションを提供するものである。
 
(三)再審査で引用された引用文献の技術分析
1.引用文献1の技術分析:引用文献1は患者の心臓の健康状態をモニタリングするための装置(例えば設備、システム、ソフトウェア)及び方法であって、ケースにモバイル通信設備を搭載して一体化(単品)とすることができ、さらにそれを患者の胸部に置いてSCG信号を計測できる。
2.引用文献2の技術分析:引用文献2はウェアラブル心肺機能データ収集装置であって、センサ114はSCGのような波形データを読み取り、前記センサ114は各種アルゴリズムの応用に用いるために設置され、それらのアルゴリズムは読み取った波形(例えばSCG)データの処理を助け、…かつセンサ114は、その他のタイプの波形データを受信、計測、検知するために設置される。
 
(四)引用文献1、2の組合せは係争出願の請求項1が進歩性を有しないことを証明できる
1. 調べたところ、係争特許出願と引用文献はいずれも心臓機能を評価するために、センサを用いて心電図(ECG)及び振動性心臓図(SCG)の信号を計測し、モバイルデバイスで両者の波形を分析できる。
2. 係争特許の請求項1と引用文献1との相違点:引用文献1に係争特許の請求項1の「同時に一つの『第二感知ユニットを用いて前記心臓の異なる体表エリアにおける』機械的な生理反応を計測する」ことが開示されていない。さらに詳しく述べると、引用文献1には、モバイルデバイスに内蔵されている加速度計(即ち係争出願の第二感知ユニットに相当)で振動性心臓図(SCG)信号を得ると開示されているが、引用文献1はモバイルデバイス(スマートフォン)を被計測者の胸部に直接置くものであり、(引用文献1が)心臓の「異なる体表エリア」において計測するという技術的特徴を開示しているとは言い難い。比較すると、係争出願の請求項1は「第二感知ユニットで前記『心臓の異なる体表エリアにおける』…『それらの』機械的な生理反応を計測する」という技術的特徴で限定されており、係争出願の第二感知ユニットが、「複数の異なる心臓の体表エリアにおける信号」(振動性心臓図SCG信号)を計測して、次に続く心電図信号と対比する基礎としていることがわかり、両者にはなお相違点がある。
3. さらに調べたところ、引用文献2にはウェアラブルな心肺機能データ収集装置が開示されており、明細書【0051】段落には前記収集装置は「SCG等の信号を収集するのに用いられるセンサ114を有し、前記センサ114は各種アルゴリズムの応用に用いるために設置され、それらのアルゴリズムは読み取った波形(例えばSCG)データの処理を助ける」と記載されている。明細書【0091】段落には「…とくに、センサ114は装着者の身体(例えば胸部、胸骨又は肋骨)の部分と接触して、有効及び/又は精確に各種の生物学的信号、活動等を収集するのに適している」と記載されている。よって引用文献2には複数のセンサ114で前記心臓の異なる体表エリアにおける機械的な生理反応を計測することが開示されており、即ち係争出願の「一つの第二感知ユニットで前記心臓の異なる体表エリアにおける機械的な生理反応を計測する」という技術的特徴に対応する。したがって係争出願の請求項1と引用文献1との間で異なる技術的特徴は、引用文献2に開示されていることは明白である。また引用文献1と2はいずれも身体のデータ(例えば振動性心臓図)を計測することを健康評価の方法としており、引用文献1と引用文献2はいずれもセンサ計測設備の技術分野に属し、技術分野の関連性を有する。さらに両者は波形の対比と解読を通じて、より優れた心臓機能の判別を提供し、モバイルデバイスを通じて受信と分析を行い、より精確で、より便利な操作のメカニズムを達成しており、機能又は作用及び解決しようとする課題の共通性も有する。以上をまとめると、その発明の属する技術分野における通常の知識を有する者であれば、前述した複数の引用文献の技術内容を組み合わせる動機付けがある。
4. 原告の主張を採用しない理由:原告は、引用文献1の明細書【0016】段落おける、引用文献1の発明は利便性と緊急性という目的に基づいて、モバイルデバイス内部の加速度計とジャイロスコープを設置して振動性心臓図(SCG)を計測し、しかも計測時にその他の装置を必要としていない、という記載に基づいて、引用文献1には引用文献2と組み合わせることができない阻害要因がある、と主張している。しかしながら、「阻害要因」とは、関連する引用文献の中に特許出願に係る発明を「排斥」する教示又は示唆が明確に記載されているか、又は実質的に暗示されていることをいう。引用文献1の図7に開示されている信号感知に関する全体の流れによると、それにはモバイルデバイスの加速度計で振動性心電図(SCG)を記録するステップ703、同時に心電図(ECG)を記録するステップ705、分析しようとするSCGとECGの信号を転送するステップ707、その後の分析と計算を行うステップ709乃至ステップ711が含まれる。引用文献1にはすでにSCG信号及びECG信号の計測、分析及び計算の方法が開示されており、その発明の属する技術分野における通常の知識を有する者であれば、(引用文献1を)引用文献2と容易に組み合わせて、引用文献2のSCG信号計測という類似の技術に適用することができる。
引用文献1が採用している「一つのモバイル通信デバイス」でSCG信号及びECG信号を計測するという部分については、引用文献1にはその他の周知技術も開示され、記載されている実施方法は例として示されている好ましい実施例にすぎず、その効果を強調するのに用いられており、引用文献1の好ましい実施例から、引用文献1がその他の周知技術(引用文献2を含む)等と組み合わせる可能性を「排斥」していると直接に認めることはできないため、原告による阻害要因の主張はなお採用し難い。
以上をまとめると、引用文献1と引用文献2の組合せは、係争出願の請求項1が進歩性を有せず、係争出願には現行専利法第22条第2項に定める特許を受けることができない事情があることを証明するに足るため、被告が係争出願に対して「特許を受けることができない」という処分を下したことに誤りはなく、(原処分を)維持する訴願決定にも法に合わないところはない。
以上の次第で、本件原告の訴えに理由はなく、知的財産事件審理法第第1条、行政訴訟法第98条第1項前段により、主文のとおり判決する。
 
2021年5月19日
知的財産裁判所第三法廷
裁判長 蔡惠如
裁判官 杜惠錦
裁判官 林惠君
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