商標法第63条第1項第2号の正当な理由に、商標権者が自身の都合で商標を使用しなかった状況は含まれない
2021-04-28 2020年
■ 判決分類:商標権
I 商標法第63条第1項第2号の正当な理由に、商標権者が自身の都合で商標を使用しなかった状況は含まれない
■ ハイライト
原告は2016年9月9日に登録第1629306号「BARRIGEL+logo」商標を譲り受け、第5類及び第10類の商品での使用を指定していた。参加人は係争商標が第5類商品について商標法第63条第1項第2号に規定されている状況にあるとして、その登録取消を請求した。被告は審理した結果、中台廃字第L01060426号商標処分書を以って、係争商標の第5類における使用指定の登録を取り消した。原告はこれを不服として行政訴願を提起したが棄却されたため、行政訴訟を提起した。裁判所の見解は次のとおりである。
一、原告がいうところのEUで特許訴訟中であることについては、海運の途絶などの天災地変などの事実上の障害には相当しない。またその他の国・地域における特許権侵害事件は、必ずしもわが国で同じ状況であるとは限らない。さらにわが国で医薬品を製造して商標を使用することができないというのは、企業が自らのビジネス方針の決定に基づくものであるため、自発的な戦略決定に該当し、即ちわが国で係争商標を指定商品である第5類商品に使用していないことは、客観的に予見できない又は不可抗力の事由には該当しない。
二、わが国において、医薬品は薬事主務機関に承認申請をして承認されないと発売できないが、係争商標が登録を許可された2014年2月16日から現在までに、原告がわが国の薬事主務機関に承認申請を提出したという事実証拠は提出されておらず、係争商標の未使用に何らかの正当な理由があったと認めることはできない。たとえ原告がいうところの元来製造したかった商品に権利侵害のおそれがあったとしても、原告は使用許諾、交渉、又は迂回発明、設計の変更等の方法で権利侵害のない商品を製造することもでき、その商標を関連するビジネス文書又は広告に使用するだけでも十分であった。しかしながら、原告は自らの主観的な事前の配慮とビジネス上の考慮から、係争商標の不使用を決定したもので、客観的に使用できない障害となる事由ではない。また係争商標商品の技術が特許を取得するか否かは、関連技術が特許権の保障を受けられるかどうかの問題であり、係争商標を使用するかどうかとは関りがない。原告は一方で特許訴訟手続きのため、係争商標商品を量産して販売することができないと主張し、もう一方では係争商標商品の研究開発、市場開拓、宣伝及び提携試用計画の進行を継続することは特許訴訟手続きの影響を受けていないと自ら認めており、いずれも原告が係争商標商品を量産せず販売しなかったことが自身の都合で自ら使用しなかった状況であることは明らかである。自発的な戦略決定に該当し、客観的に係争商標を使用できない状況ではないため、商標法第63条第1項第2号の正当な理由に該当しない。
II 判決内容の要約
知的財産裁判所行政判決
【裁判番号】108年度行商訴字第126号
【裁判期日】2020年4月30日
【裁判事由】商標登録取消
原告 ネスレスキンヘルス社(スイス)(Nestle Skin Health S.A .)
被告 経済部知的財産局
参加人 瀚醫生技股份有限公司(Han Biomedical Inc.)
上記当事者間の商標登録取消事件について、原告は経済部の2019年8月20日付経訴字第10806309950号訴願決定を不服として、行政訴訟を提起した。参加人は被告の訴訟に対する独立参加を申し出た。当裁判所は次のとおり判決する。
主文
原告の訴えを棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
一 事実概要
原告の前身であるガルデルマ社(スイス)(Galderma Holding SA)は2013年8月9日に「BARRIGEL+logo」商標を以って、当時の商標法施行細則第19条で定める商品及び役務区分表における第5類「前列腺ガン放射線治療時に使用する直腸保護ゲル」商品と第10類「医療用機械器具」商品での使用を指定して、被告に商標登録を出願した。被告は審査した結果、登録第1629306号商標(以下「係争商標」)の登録を許可し、2016年9月9日には原告への移転登録を許可した。その後参加人は係争商標の前記第5類商品での使用指定について商標法第63条第1項第2号の状況に該当するとして、2017年9月4日にその登録取消審判を請求した。被告は審理した結果、2019年4月12日付中台廃字第L01060426号商標取消処分書を以って、係争商標の第5類商品における使用指定の登録を取り消す処分を下した。原告はこれを不服として行政訴願を提起したが、経済部は同年8月20日付経訴字第10806309950号訴願決定を以って棄却したため、原告は当裁判所に行政訴訟を提起した。当裁判所は本件訴訟の結果、訴願決定及び原処分を取り消すべきであると認めた場合、参加人の権利もしくは法律上の利益に損害を被ると判断し、参加人による被告の訴訟に対する独立参加の申出を許可した。
二 両方当事者及び参加人の請求内容
(一)原告の請求:原処分及び訴願決定を取り消す。
(二)被告の請求:原告の訴えを棄却する。
(三)参加人の請求:原告の訴えを棄却する。
三 本件の争点
係争商標の指定商品である第5類「前列腺ガン放射線治療時に使用する直腸保護ゲル」には商標法第63条第1項第2号に定められる登録を取り消すべき状況があったのか。
四 判決理由の要約
(一)商標法第63条第1項第2号には、「商標登録後に次に掲げる事情の一に該当するものは、商標主務機関が職権又は請求によりその登録を取り消さなければならない。:…二、正当な理由なくして未使用又は使用の停止が継続して3年経過したもの。但し、使用権者が使用しているときは、この限りでない。」と規定されている。
(二)調べたところ、原告が取消審判の答弁において提出した乙第1-3号証の証1号欧州連合「CE」マーク認証書類、証2号 オーストラリア、中国大陸等の国・地域における登録資料、乙第1-5号証の証3号「neXimetry ,LLC」社及び商品Barrigelの紹介、証4号「neXime try ,LLC」社と医療機関との往来書簡、証5号商品「Barrigel」の試用レポート、乙第1-7号証の 証8号、証9号欧州連合(EU)の商標登記資料等の証拠をみると、係争商標は多くの国で登録が許可されており、しかも商品「Barrigel」はEUの「CE」マーク認証を取得しているほか、その他の医療機関で試用試験を行っていることがわかるが、係争商標がわが国で指定商品に使用されたか否かの判断については、原告が提出した前記証拠がいずれもわが国で実際に販売され係争商標を使用したという事実証拠ではないため、係争商標がわが国で合法的に使用されたことを証明できない。また、原告は、係争商標の商品はすでにEUの認証マークを取得しており、EUの加盟国内で販売できる云々と主張しているが、調べたところ、第三者の認証を取得したことと商標の使用とは関係がなく、ましてや商標登録の属地主義原則に基づいて、原告はその商標がわが国で実際に使用された証拠を提出すべきである。原告がEUの認証マークを取得していても、係争商標がわが国で使用された証拠ではなく、わが国の関連する消費者はこの証拠によって係争商標を知悉又は認識するものではない。原告はさらに、係争商標はオーストラリア、中国大陸、香港、日本、EUでいずれも登録されている云々と主張しており、登録資料を提出して補強証拠としている。ただし調べたところ、原告がEUでの登録について使用の証拠を提出できずに、欧州連合知的財産庁(EUIPO)から2018年11月7日に取消が判定されており、原告はこの証拠形式の真正については争っておらず、その内容からわが国だけではなく、原告の商標はEUからも未使用により取り消されたことがわかる。しかも、商標の登録資料は商標権を証明するだけであり、係争商標の実際の使用とは関係ない。また係争商標が他国で登録されていても、なお台湾で実際に使用された事実がなければならず、原告が提出した他国での登録証明書は係争商標の使用を証明する証拠ではない。
(三)係争商標がEUで特許訴訟中であり使用できず、しかも訴訟期間中に積極的に開発、宣伝及び試用計画の提携を行ったことは、商標法第63条第1項第2号でいうところの「正当な理由」に該当すると原告は主張した。しかし調べたところ次のとおりである。
1.「いわゆる『正当な理由』とは、商標権者が事実上の障害又はその他の自らの責めに帰すことのできない事由で商標登録を使用することができないことをいう。その状況とは例えば次のとおりである:(1)医薬品は発売前に薬事主務機関の承認審査で承認されないと発売できず、承認までは使用できない正当な理由と認められる。(2)わが国はまだ中国大陸製の酒類商品を輸入し台湾で販売することが解禁されていないため、使用できない正当な理由と認められる。(3)海運の途絶、原料の欠乏又は天災地変によって工場機器に重大な損害がもたらされるといった原因で、一時的に生産又は販売できない状況は、いずれも使用できない正当な理由に該当する。」(商標登録使用の注意事項3.3を参照)。次に「本号のいわゆる『正当な理由』とは、商標権者が事実上の障害又はその他の自らの責めに帰すことのできない事由で、それが指定する商品を生産、加工、選別、卸売、代理販売して登録商標を使用することができないことをいい、例えば海運の途絶、原料の欠乏又は天災地変によって工場機器に重大な損害がもたらされ、一時的に生産又は販売できない状況等である」(行政裁判所55年判字第301号、56年判字第71号判決を参照)。またいわゆる自らの責めに帰すことのできない事由とは、客観的な基準により通常の者の注意を以って、予見できない又は不可抗力の事由をいう。もし主観的にのみいわゆる自らの責めに帰すことのできない事由がある場合は、これに該当しない(最高行政裁判所97年度裁字第2499号行政決定、100 年度判字第996号行政判決趣旨を参照)。
2.調べたところ、原告がいうところのEUで特許訴訟中であることについては、海運の途絶などの天災地変などの事実上の障害には相当しない。またEUとわが国の特許権の取得及び保護は属地主義原則を採用しており、その他の国・地域における特許権侵害事件は、必ずしもわが国で同じ状況であるとは限らない。また、関連の商品がいずれも海外で製造されて台湾に輸入販売されており、台湾で代わりに製造する協力企業を見つけることは難しい等の原告の主張についても、それがわが国で医薬品を製造して商標を使用することができないというのは、企業が自らのビジネス方針の決定に基づくものであるため、自発的な戦略決定に該当し、即ちわが国で係争商標を指定商品である第5類商品に使用していないことは、客観的に予見できない又は不可抗力の事由には該当しないことがわかる。さらに原告は乙第1-3号の証1号 EU「CE」マーク認証書類、乙第1-5号証の証3 号「neXimetry ,LLC」社及び商品Barrigelの紹介、証4号 「neXime try ,LLC」社と医療機関との往来書簡、証5号セミナー資料を提出し、EUの特許訴訟期間中に積極的に開発、宣伝、試用計画の提携を行っており、前述法条の正当な理由に適合すると主張している。しかし原告の提出した乙第1-7号証の 証8号、証9号 EUの商標検索画面によると、原告は2013年にEUでシンプルな文字である「BARRIGEL」商標、及び文字と図形を組み合わせた「BARRIGEL + logo」商標を第10類商品での使用を指定して出願しているが、乙第1-3号の証1号 EU「CE」マーク認証書類において「FOR the product category(ies)」及「Barrigel」が掲載され、その認証書類は係争「BARRIGEL + logo」商標の認証書類とは認定できず、しかもそれは消費者に知悉させるための商標の使用に係る事実証拠でもない。乙第1-5号証の証3 号「neXimetry ,LLC」社及び商品Barrigelの紹介は、ビジネスマンを主とするコミュニティサイトである「LinkedIn」の個人用ページであり、しかも乙第1-5号証の証4号 「neXime try ,LLC」社と医療機関との往来書簡、証5号セミナー資料は、いずれもその中に「BarrigelⓇ」、「Barrigel」のみが記載され、宣伝において「BARRIGEL + logo」商標は見られない。しかも医薬品が発売前に薬事主務機関に対して承認申請が提出され、当該主務機関に係属することで、その主務機関の審査期間中は原告が掌握できないという状況とは異なっており、原告が提出した事実証拠から、わが国において係争商標が第5類商品に使用されなかったことは、自らの責めに帰すことのできない事由に該当するとは認定できない。
3.また原告は乙第1-5号の証6号、証7号として原告の関連企業「Q-Med AB」がEU第EP1536746号特許に対して異議を申し立てた関連の申立書と審決書を提出して、係争商標商品の製造技術が特許訴訟に関わっているため係争商標を使用できず、自らの責めに帰すことのできない「正当な理由」に該当する云々と主張している。ただし、もし主観的にのみいわゆる自らの責めに帰すことのできない事由であるならば、「正当な理由」に該当しない。よってこれらの「正当な理由」は商標権者が自身の都合で自ら使用しなかった状況を含まない。さらに調べたところ次のとおりであった。
(1)原告がいうところのEUで特許訴訟中であることは、原告が主観的に自らには権利侵害のおそれがあるかもしれないと判断したもので、必ずしもわが国でも権利侵害を構成し、係争商標を使用できないことを示すものではなく、ましてわが国において、医薬品は薬事主務機関の承認申請をして承認されないと発売できないが、係争商標が登録を許可された2014年2月16日から現在までに、原告がわが国の薬事主務機関に承認申請を提出したという事実証拠が提出されておらず、係争商標の未使用に何らかの正当な理由があったと認めることはできない。
(2)原告は特許権侵害の争議が解決しないため、係争商標商品を量産して販売することができなかった云々と主張している。ただし調べたところ、係争商標の指定商品区分は「第5類、第10類」であり、それが関連する商品の種類は繁多であり、原告が示す「他人の権利を侵害する商品」に限られておらず、しかも商標使用の定義は、指定商品における使用に限るものではなく、商標を商品や役務と関連するビジネス文書又は広告に用いることも該当する(商標法第5条第1項第4号を参照)。たとえ原告がいうところの元来製造したかった商品に権利侵害のおそれがあったとしても、原告は使用許諾、交渉、又は迂回発明、設計の変更等の方法で権利侵害のない商品を製造することもでき、その商標を関連するビジネス文書又は広告に使用するだけでも十分であった。しかしながら、原告は自らの主観的な事前の配慮とビジネス上の考慮から、係争商標の不使用を決定したもので、客観的に使用できない障害となる事由ではない。よって係争商標を使用できない正当な理由があった云々とする原告の主張は、明らかに採用できない。
(3)また係争商標商品の技術が特許を取得するか否かは、関連技術が特許権の保障を受けられるかどうかの問題であり、係争商標を使用するかどうかとは関りがない。原告は一方で特許訴訟手続きのため、係争商標商品を量産して販売することができないと主張し、もう一方では係争商標商品の研究開発、市場開拓、宣伝及び試用計画の提携を継続することは特許訴訟手続きの影響を受けていないと自ら認めており、いずれも原告が係争商標商品を量産して販売しなかったことが自身の都合によるもので、自ら使用しなかった状況であることは明らかである。自発的な戦略決定に該当し、客観的に係争商標を使用できない状況ではないため、商標法第63条第1項第2号の正当な理由に該当しない。
(四)以上をまとめると、現有の証拠資料に基づいて、原告が本件の登録取消(審判)請求日(2017年9月4日)より前の3年以内に係争商標を指定商品である第5類「前列腺ガン放射線治療時に使用する直腸保護ゲル」商品に使用しなかった正当な理由があったとは認定するに十分ではないため、係争商標には商標法第63条第1項第2号に規定される取り消すべき状況があった。したがって、被告が行った係争商標の第5類商品における使用を指定した登録の取消処分は、法に合わないところがなく、訴願決定で維持したことにも誤りはなく、原告がなお前述の主張を行い、訴願決定と原処分の取消しを請求したことには理由がなく、棄却すべきである。
以上の次第で、本件原告の請求には理由がなく、知的財産案件審理法第1条,行政訴訟法第98条第1項前段により、主文のとおり判決する。
2020年4月30日
知的財産裁判所第二法廷
裁判長 汪漢卿
裁判官 林洲富
裁判官 曾啓謀