婚姻関係の存続期間に共同経営で商標を使用し、片方が婚姻関係終了後、営業行為において善意による使用を継続していたことについは、主観的犯罪故意の存在があるとは認め難い
2022-12-26 2021年
■ 判決分類:商標権
I 婚姻関係の存続期間に共同経営で商標を使用し、片方が婚姻関係終了後、営業行為において善意による使用を継続していたことについは、主観的犯罪故意の存在があるとは認め難い
II 判決内容の要約
知的財産及び商事裁判所刑事判決
【裁判番号】110年度刑智上易字第29号
【裁判期日】2021年8月19日
【裁判事由】商標法違反
控訴人 台湾台北地方検察署検察官
被告人 蔡明憲
上記被告人による商標法違反の件について、控訴人が台湾台北地方裁判所109年度智易字第65号、2021年1月29日第一審判決(起訴番号:台湾台北地方検察署109年度偵字第8588号)を不服として控訴したので、本裁判所より以下のとおり判決を下す。
主文
控訴を棄却する。
理由
一、検察官の原審における起訴趣旨は以下のとおり。
被告人蔡明憲は、登録第01962892号の「恩恩努肉飯N N Brai sed Pork Rice及び図」商標(以下係争商標という)が告訴人朱彬佩が経済部知的財産局(以下知財局という)に登録査定されたものであり、且つ商標権の存続期間内にあることを知りながら、飲食店、軽食堂等サービスに指定使用し、商標権者の同意または許諾を得ずに、販売の目的をもって同一商品または役務において、登録商標と同一の商標を同一商品または役務に使用してはならないのにも拘らず、商標法違反の犯意に基づき、告訴人の同意または許諾を得ずに、敢えて2019年3月12日より、台○市○○区○○○路0段000巷00号において、「恩恩努肉飯」の商標を商店名として、商品の営業販売を行っている。よって、被告人が商標法第95条第1号、商標権者の同意を得ずに、販売の目的に基づき、同一商品または役務に登録商標と同一のものを使用した嫌疑がある云々。
二、原判決を維持する理由:
1.被告人の行為は商標の使用を構成する。
告訴人朱彬佩は係争商標の商標権者であり、被告人蔡明憲と告訴人はもともと夫婦関係であり、双方当事者は婚姻関係存続期間の2016年頃に、華山市場で「恩恩努肉飯」を経営し、朱彬佩は友人○○○に係争商標の図案を店の看板、表示ボード及びメニューとするデザインを依頼し、その後、朱彬佩は2018年4月26日に前記図案を知財局に商標登録を出願し、知財局が2019年1月1日に商標登録を査定した。双方当事者は2019年3月12日に離婚し、朱彬佩は同年12月27日に被告人に内容証明郵便を送付し、係争商標の商標権侵害を通知した。被告人は前記内容証明郵便を受取った後に、2020年1月31日に知財局に商標無効審判を請求してからも、係争商標の図案を飲食サービス業「恩恩努肉飯」の商号として継続使用していた云々。以上のことは朱彬佩が警察の調査において、明確に陳述していた。
2.被告による係争商標の善意による先使用
①告訴人朱彬佩は検察官の尋問において、以下のことを証言した。自分と被告人はもともと夫婦関係であり、二人は2019年3月12日に調停により離婚した。「恩恩努肉飯」は2016年9月より経営が始まったが、当時商号を正式に届出ておらず、2017年4月21日に華山市場に移転した後に、始めて商号を届出て、一年足らずで東区に移転した。そもそも自分は「恩恩努肉飯」で接客と会計を担当し、一方被告人はキッチンでの調理、デリバリーを担当していた。係争商標は自分が友人○○○にデザインを依頼したものであり、被告人は最初から今まで経営に参与しており、家族として経営に参与していた。自分は2018年頃に本人を代表者として登記した商号「恩恩食品」の休業手続きをしたが、被告人が自ら「恩恩努肉飯」の商業登記を行い、両者の商業登記内容は異なるが、いずれも同じ店である云々。
②告訴人朱彬佩の前述証言を参酌すれば、2018年4月26日に係争商標登録を出願する前に、当該店の商標図案はすでに「恩恩努肉飯」であり、当該店は被告人と告訴人が姻関係存続中に設立したものであり、夫婦共同で店の日常経営行為に参与していたため、当該店は被告人と告訴人がと共同で経営していたことが分かる。告訴人と被告人には「恩恩努肉飯」商店の出資について、度々に言い争いがあったが、しかし店は双方当事者の婚姻関係存続期間中に設立したものであり、双方婚姻関係の存続期間は2012年12月9日から2019年3月12日までだった。資金がどちらの方から提供されたかに関わらず、店そのものは二人の結婚後の財産に違いない。さらに、朱彬佩が警察調査において、2019年3月12日の離婚当時には、「恩恩努肉飯」の商標及び経営権の帰属について話さなかった云々と証言していた。これらによれば、朱彬佩の係争商標登録出願以前に被告人が当該商標の図案を使用して、「恩恩努肉飯」を経営していた事実は、十分に認めることができる。さらに、被告人には「恩恩努肉飯」の設立後、経営場所を移転したものの、引き続き「恩恩努肉飯」商店を経営していた事実があり、この点は被告人自らも認めていることがファイルに記載されている。被告人が係争商標の図案を使用した時点で、当該商標はまだ登録されておらず、したがって、関連消費者を混同誤認させる不正競争の企図はない。よって、被告人が商標が朱彬佩によって登録された後も、引き続き使用したことは、商標法第36条第1項第3号規定に合致している。
3.被告人の行為には商標法第95条第1号の罪が成立しない
被告人は最初から以下のことを陳述した。自分は告訴人朱彬佩が係争商標について登録出願していたことを知らなかった。2019年12月27日に朱彬佩から送られてきた内容証明郵便を受け取ってから「恩恩努肉飯」の商標がすでに朱彬佩により登録されていたことを知った。このために自分は商標無効審判を請求したが、審決が成立するかどうかまだ分からない云々。それに加えて、無効審判請求書、商標無効審判理由書を証拠として提出している。一方、朱彬佩は二人が離婚調停当時には、係争商標の使用権について約定していなかったと自称しているので、この点から被告人が係争商標は朱彬佩の所有ではないと主観的に認知し、商標権の帰属に争議がなお残る現状において、被告人による係争商標の継続的使用行為に主観的に商標法違反の犯意があるかについては、実に疑問がある。
以上をまとめると、本件の紛争は被告人と告訴人が婚姻関係終了後に、婚姻関係中に形成した財産、すなわち係争商標の権利帰属に関わる争議であり、民事手段によって解決すべきであり、被告人に商標法違反の主観的な犯意と客観的な犯行があったと認定することは難しい。そのため、被告人には主観的に商標法第95条第1号侵害の故意はなく、関係の消費者に混同誤認させる不正競争の意図はないと判断する。さらに、被告人の行為は、商標法第36条第1項第3号の善意による先使用行為にあたり、係争商標権効力の拘束を受けない。被告人の善意による係争商標図案の使用は、主観的に係争商標侵害の犯意がなく、商標法第95条第1号の罪も構成しない。
三、本判決の結論
以上をまとめると、原審で検察官が挙げた各種の証拠方法をたどっても、なお被告人蔡明憲が商標法第95条第1号に示す商標権者の同意を得ず、販売を目的として、同一の商品又は役務において、登録商標と同一の商標を使用したことを証明することができないことは、通常の一般人も疑うことはなく、真実だと確信する程度に至らない。よって、当裁判所が明確な有罪の心証を形成する充分な積極的証拠がないことから、被告人に無罪を言い渡すべきである。したがって、検察官が控訴趣旨でなお以前の主張を堅持し、原判決は不当であり、それを破棄し新たに判決せよと請求したことには、理由がない。
2021年8月19日
知的財産裁判所第一法廷
審判長裁判官 李維心
裁判官 蔡如琪
裁判官 林洲富