競業避止義務条項に従業員の離職後の競業行為に係る「地域」、「労働活動の範囲」及び「就業対象」を明確に約定していない場合は無効。

2024-08-22 2023年

■ 判決分類:営業秘密

I 競業避止義務条項に従業員の離職後の競業行為に係る「地域」、「労働活動の範囲」及び「就業対象」を明確に約定していない場合は無効。

■ ハイライト
台湾高等裁判所は「本件の雇用契約における従業員の『離職後』の競業避止義務条項」が民法第247条の1第2号「他方の当事者の責任が加重されているもの」及び第3号「他方の当事者に権利を放棄させたり、その行使権を制限したりするもの」を構成し、著しく公正に欠き、無効であると認定した。その見解は以下の通り:
 1.労働基準法第9条の1第1項、第3項では以下のように規定されている。次に掲げる規定のいずれかに該当しないとき、使用者は、労働者と離職後の競業避止義務を約定してはならない。(1)使用者に保護を受けるべき正当な営業利益があるとき。(2)労働者が担当する役職又は職務で、使用者の営業秘密に接触又は使用できるとき。(3)競業避止義務の期間、地域、労働活動の範囲及び就業対象が合理的範囲を超えないとき。(4)使用者が、労働者が競業行為に従事しないために受ける損失を合理的に補償するとき。第1項各号規定のいずれかに違反したとき、その約定は無効となる。
 2.本条の立法趣旨は、使用者の営業秘密及び正当な営業利益に対する保障と労働者の離職後の就業に係る権益のバランスをとることにある。労働基準法第9条の1規定が改正公布される「前」に労働者が離職したとき、この規定は元より適用されないが、該規定の競業避止義務条項に関する発効要件は、上述の定型化契約をもって行った競業避止義務の約定が著しく公正に欠き無効であるか否かを判断基準としてはならないというものではない。
 3.本件雇用契約における「離職後」の競業避止義務条項では従業員が離職した後に禁止する競業行為の地域、労働活動の範囲及び就業対象がいずれも具体性、明確性に欠き、世界におけるすべての元の勤め先である企業及びその関連企業と関連のある労働活動の範囲と就業対象を含むことに等しく、従業員は競業避止義務の合理的範囲を知り得ず、その条項が制限する範囲は広すぎて、且つ合理的範囲を明らかに超えており、従業員が離職した後に片務的で無償の義務を課すことと違いはなく、従業員が専門技能を発展させる人格的利益を奪い、従業員の経済的生存力を危ういものとし、すでに従業員の就労権と生存権に影響するに至っており、従業員にとって「著しく公平に欠く」ものに該当するため、その条項は無効とすべきである。

また高等裁判所は(判決において)次のように述べている:いわゆる「引き抜き行為」には教唆、利益誘引等の勧誘の方法で「離職の意思がなかった者が離職を決めること」、「離職しようと思っていた者がその離職の決心を強める、また助力を与えること」等が含まれ、離職に至る動機が何であるのか、例えばキャリアプラン、家庭又は健康の事情、現在の職場への不満等については必然的な関連性はない。それは労働者が忠実義務と引き抜き禁止義務に違反し、善良の風俗に反する方法で、「使用者又は前使用者に在職する従業員を悪意をもって引き抜くこと」であり、「債務不履行責任」が発生するほか、使用者又は前使用者の人的資源という財産上の利益を違法に侵害する「権利侵害行為責任」という性質を兼ね備える。また競争目的から、計画を立て体系的に引き抜きを行い、使用者又は前使用者がすでに訓練して育成した人的資源を減損する、又は使用者又は前使用者の高い信用・名声を利用して、自らの優秀な人材が過去に使用者又は前使用者の職場で働いていたことを宣伝することは、「善良の風俗に反する」「悪意ある引き抜き」にあたる。
悪質な引き抜きによる損害賠償の範囲については、「具体的損害計算法(民法第216条に規定される受けた損害及び失った利益)」と「抽象的損害計算法(営業秘密法第13条第1項第2号の侵害者が侵害行為によって取得した利益;専利法第97条第2項の当該特許の実施許諾で得られる合理的なロイヤリティーを基礎にしてその損害を計算)」に大別することができ、債権者はいずれか一つを選択して計算することができる。債権者が具体的損害計算法を選択するとき、「受けた損害」については「一定の措置を採ることで増えたコストの支出(例えば引き抜かれた人員を補充するために新人を募集する募集費用及び研修コスト、これにより増えた給与コスト、在職者の離職を回避するための支出という追加コスト、元来の作業計画の遅延を回避するための予定外に増えたコストの支出等)」が含まれ、「失った利益」については「抽象的計算」と「具体的計算」に分けられ、前者は「元来、企業の属する分野において通常のビジネス発展において得られることが予期できる利益」をいい、後者は「侵害行為により、取引行為の進行又は予定の計画実施が妨げられることで得られなかった具体的な利益」をいう。

II 判決内容の要約

台湾高等裁判所民事判決
【裁判番号】110年度重労上字第7号
【裁判期日】2023年11月29日
【裁判事由】競業避止義務の履行等

上訴人 睿能公司
法定代理人 陸Z
被上訴人  林X
      凃Y

上記当事者間の競業避止義務の履行等事件について、上訴人は台湾台北地方裁判所109年度労訴字第85号第一審判決に対して上訴を提起し、本裁判所は2023年11月15日に口頭弁論を終結し、次の通り判決する:

主文
原判決が上訴人の以下の第2項の訴えを棄却した部分、及びその部分の仮執行宣言申立て、並びに訴訟費用の裁判をいずれも取り消す。
被上訴人は上訴人に連帯で800万新台湾ドル及び…の割合による金員を支払え。
被上訴人林Xは2013年5月2日から2021年6月1日まで、被上訴人凃Yは2015年6月15日から2021年9月3日まで、上訴人に対して以下に示すような引き抜き禁止債務が存在することを確認する:上訴人の従業員に離職するよう教唆又は利益誘引してはならない。
その余の上訴をいずれも棄却する。

事実及び理由
一、上訴人の主張:
(一)上訴人の会社は電動バイクブランド「Gogoro」を経営し、現在国内電動バイク市場で9割近いシェアを占めている。上訴人は大量の人材と物を投入して、ついにコンパクトで高効率の動力システム(いわゆるモーター)を開発し、モーター関連の専利(訳注:中国語の「専利」には特許、実用新案、意匠が含まれる)は80件以上に達し、その営業秘密も数えきれない。上訴人が林Xと締結した雇用契約第9.1(a)、(c)条は、それぞれ競業避止義務約定と引き抜き禁止約定であり、且つ林Xは上訴人の動力システム設計研究開発部門の最高責任者として働いていた。その後林Xは離職してすぐに上訴人と競合関係にある湛積公司を設立して執行長(CEO)に就任し、第9.1(a)条の競業避止義務約定に違反した。
(二)上訴人が凃Yと締結した雇用契約第7.1(a)、(c)条は、それぞれ競業避止義務約定と引き抜き禁止約定であり、そして凃Yは元来ヒューマンリソース部門の最高責任者として働いていた。凃Yは在職中に、林Xと共同で湛積公司を設立、経営し、第7.1(a)条の競業避止義務約定に違反した。また上訴人の動力システム研究開発部門15人、動力システム製造部門4人、動力システム調達関連業務に従事する従業員1人(以下、併せて「係争離職従業員」という)を積極的に引き抜き、上訴人の競争優位性を低減させ、第7.1(c)約定に違反した。また凃Yは湛積公司の設立前に、林Xと共同で湛積公司の設立、創業に協力しており、湛積公司の共同創業者である。凃Yは離職した後、さらに湛積公司において運営長(COO)に就任し、第7.1(a)条の在職期間における競業避止義務に違反しており、賠償責任を負うべきである。
(三)上訴の声明:
1.原判決が以下の第2、3項の上訴人の訴えを棄却した部分を取り消す。
2.被上訴人林Xは上訴人に200万新台湾ドル及び…の割合による金員を支払え。
3.被上訴人は上訴人に連帯で800万新台湾ドル及び…の割合による金員を支払え。
4.林Xは2019年6月1日から2021年6月1日まで以下に示すような競業避止義務債務が存在することを確認する: 直接的又は間接的に湛積公司又はその他の上訴人と競合関係にある事業体に就職し、電動バイク用モーター設計、研究開発又は製造関連の業務に従事してはならず、その他の方法で電動バイク用モーター設計、研究開発又は製造関連の役務又は協力を上記事業体に提供することもしてはならない。
5.林Xは2013年5月2日から2021年6月1日まで、被上訴人凃Yは2015年6月15日から2021年10月1日まで、上訴人に対して以下に示すような引き抜き禁止債務が存在することを確認する:上訴人の従業員に離職するよう教唆又は利益誘引してならない。
 
二、被上訴人は以下の理由をもって抗弁する:
(一)上訴人は被上訴人等と引き抜き禁止条項を含む競業避止義務を約定しており、締結時に合理的な補償を約定しておらず、且つ競業避止義務期間が具体的であるのを除いて、制限する地域、労働活動の範囲及び就業対象がいずれも明確ではないため、被上訴人等の就業の地域、労働活動の範囲及び就業対象を無差別に制限し、被上訴人等が自由に就業市場に参入する余地と職業選択の自由を奪い、さらに被上訴人等が任職期間に知り得た従業員の資料を用いて、各従業員の離職を勧誘し、これと契約を締結する自由を奪うことに等しく、係争競業避止義務条項が制限する範囲は実質的ではなく、基準がないものであり、明らかに合理的範囲を越えており、労働基準法第9条の1規定に違反している。また民法第247条の1第3号「他方の当事者に権利を放棄させたり、その行使権を制限したりするもの」も構成し、明らかに著しく公正に欠き、無効であり、且つ事後に上訴人が直接林Xに対する補償金を(裁判所に)供託する等の任意的給付行為を行ったことで、瑕疵を是正したものではない。また林Xは支払いを受け取っておらず、不当利得はない。
(二)湛積公司は主に情報ソフト、データ処理等役務の事業で登記しており、そのなかに「電動バイク用モーター」という項目はなく、上訴人が登記する業種とは異なるため、両者の間に競合関係は存在しない。さらに湛積公司のサービスの範囲には「任意のキャリア」の電動化が含まれ、電動バイク用モーターの設計、研究開発又は製造ではなく、林Xが湛積公司に就職して上訴人と競合する業務には従事しておらず、競業避止義務条項の違反はない。電動バイク業界の現況によると、上訴人はなお業界トップの地位にあり、市場シェアは少なくとも71.47%に達している。被上訴人等が湛積公司に就職することで、上訴人の競争力を低減させる、又は上訴人の台湾電動バイク市場をリードする地位を揺るがすようなことはなく、補うことのできない重大な損害を受けたかについては言うまでもない。
(三)係争離職従業員の実際の離職理由は、上訴人の制度、給与、仕事量に対する不満、個人のキャリアプラン、家庭の事情、人間関係、健康上の考慮等であり、被上訴人等の引き抜き行為とは関係がない。
(四)答弁声明:上訴を棄却する。

三、双方が争わない事項:
(一) 林Xが2013年4月12日に上訴人と署名した林X雇用契約の第9.1(a)条では『当従業員は雇用期間中及び当社との雇用契約の解約後24ヵ月以内に、直接的又は間接的に、(a)単独でもしくは他人と協力して、又は任意の者を通じて、直接的又は間接的に当社又は関係企業が経営する業務と競合する任意の業務における利益を(所有者若しくは実質的所有者、株主若しくは実質的株主、メンバー、マネージャー、パートナー、職員、被用者、取締役、投資者、貸方、顧問、独立下請け又はその他のいずれとしても)直接的又は間接的に従事、参与、所有又は享受せず、…ことに同意する。』と約定し、第9.1(c)条では『当従業員は雇用期間中及び当社との雇用契約の解約後24ヵ月以内に、直接的又は間接的に…、c. 単独でもしくは他人と協力して、当社又は関係企業の任意の職員、取締役、被用者、顧問、代理人又はその他の代表者に対して、離職する、他人を雇用、招聘する、又は他の仕事に従事する、雇用する、招聘するように勧誘したり、又は勧誘を試みたりしないことに同意する。』と約定されている。
(二) 凃Yは2015年6月15日に上訴人と署名した凃Y雇用契約の第7.1(a)条では『当従業員は雇用期間中及び当社との雇用契約の解約後24ヵ月以内に、直接的又は間接的に、(a)当社に事前に書面で同意を得ることなく、単独でもしくは他人と協力して、又は任意の者を通じて、直接的又は間接的に当社又は関係企業が経営する業務と競合する任意の業務  における利益を(所有者若しくは実質的所有者、株主若しくは実質的株主、メンバー、マネージャー、パートナー、職員、被用者、取締役、投資者、貸方、顧問、独立下請け又はその他のいずれとしても)直接的又は間接的に従事、参与、所有又は享受せず、…ことに同意する。』と約定し、第7.1(c)条では『当従業員は雇用期間中及び当社との雇用契約の解約後24ヵ月以内に、直接的又は間接的に…、c. 単独でもしくは他人と協力して、当社又は関係企業の任意の職員、取締役、被用者、顧問、代理人又はその他の代表者に対して、離職する、他人を雇用、招聘する、又は他の仕事に従事する、雇用する、招聘するように勧誘したり、又は勧誘を試みたりしないことに同意する。』と約定されている

四、双方の争点に対する裁判所の判断:
(一)上訴人と湛積公司との間に競合関係がある:
上訴人はそれが一般消費者に電動バイクを販売しているほか、法人顧客がセットパーツ又はバッテリーソリューションを利用して迅速にブランド製品を発売できるように、システム及び電動バイクのソリューションを法人顧客に提供していることを挙証しており、さらに研究開発した電気動力システムを「各種交通車両」に使用することに尽力しており、電動バイク以外に、電気自動車、電動自転車等その他の交通車両も含まれることも挙証している。湛積公司の「会社紹介」では「…湛積公司はお客様にトータルな電動化システムのソリューションとサービスを提供することに尽力しており…」と記載され、LinkedInサイトに提供されている会社紹介では「湛積公司は、製造、統合及び最適化(バイク、スクーター…軽四輪自動車のような軽量電動車両の電動化を含む)のベストな動力統合ソリューションを提供する」と紹介されており、且つ湛積公司はすでにベトナム企業と協力して電動バイク部品を生産しているという事情は、上訴人の元従業員の証言があり考証に供することができる。以上をまとめると、上訴人と湛積公司は動力交通車両について、とくに電動バイクのモーター等関連サービスの部分の業務範囲が同じであり、コアテクノロジーはいずれも電動モーターの設計、製造及び運用であり、電動バイク部品の製造、販売も含まれ、双方はこの部分について競合関係にある。
(二)林X雇用契約第9.1(a)条、凃Y雇用契約第7.1(a)条は「離職後」の競業避止義務条項に関するもので、民法第247条の1第2号の「他方の当事者の責任が加重されているもの」及び第3号「他方の当事者に権利を放棄させたり、その行使権を制限したりするもの」を構成し、著しく公正に欠き、無効である:
1.労働契約が「存続している」時、労働者は使用者に対して忠実義務を負うもので、その中に競業避止義務が含まれ、法律における明文化、又は契約の特別な約定を待たない(最高裁判所110年度台上字第40号判旨)。林X雇用契約、凃Y雇用契約の労働者「在職期間」における競業避止義務の部分については、労働者の就労権に影響することはなく、且つ労働契約が本質的に有すべきものであり、著しく公正に欠き、無効であるという状況はない。
2. 調べたところ、林X雇用契約、凃Y雇用契約における「離職後」の競業避止義務条項は、上訴人が同類の契約条項に用いるために予め定めた定型契約である。2015年12月16日に労働基準法第9条の1規定が改正発布される前に、使用者は定型契約をもって労働者と「離職後」の競業避止義務を約定し、例えば使用者の責任を免除又は軽減する、労働者の責任が加重される、権利を放棄させたり、その行使権を制限したりする、又はその他の労働者に重大な不利益があるという状況があり、その状況が著しく公正に欠く場合、民法第247条の1規定により、その約定は無効となる。また労働基準法第9条の1第1項、第3項によると、次に掲げる規定のいずれかに該当しないとき、使用者は、労働者と「離職後」の競業避止義務を約定してはならない。(1)使用者に保護を受けるべき正当な営業利益があるとき。(2)労働者が担当する役職又は職務で、使用者の営業秘密に接触又は使用できるとき。(3)競業避止義務の期間、地域、労働活動の範囲及び就業対象が合理的範囲を超えないとき。(4)使用者が、労働者が競業行為に従事しないために受ける損失を合理的に補償するとき。各号規定のいずれかに違反したとき、その約定は無効となる。その立法趣旨は、使用者の営業秘密及び正当な営業利益と保障と、労働者の離職後の就業に係る権益とのバランスをとることにある。労働基準法第9条の1規定が改正公布される「前」に労働者が離職したとき、この規定は元より適用されない。本件林X、凃Yはそれぞれ2013年4月12日(契約期間は2013年5月2日から開始)、2015年6月15日に上訴人と林X雇用契約、凃Y雇用契約を締結しており、いずれも労働基準法第9条の1が2015年12月18日に改正施行される「前」であり、被上訴人は該条改正施行「後」に離職したが、労働基準法第9条の1は適用されない。該規定の競業避止義務条項に関する発効要件は、上述の定型化契約をもって行った競業避止義務の約定が著しく公正に欠き無効であるか否かを判断基準としてはならないというものではない。
3.係争競業避止義務条項の内容をみると、被上訴人が離職後に競業行為を該条項が禁止する地域、労働活動の範囲及び就業対象は、いずれも明確に記載されておらず、競業避止義務の範囲が世界における、元の勤め先である企業及びその関連企業と直接的又は間接的に業務関係のあるすべての労働活動の範囲と就業対象を含むことに等しく、その範囲は広すぎて、また如何なる代償もなく、被上訴人に対して離職後に片務的で無償の義務を課すことと違いはなく、従業員が専門技能を発展させる人格的利益を奪い、林Xの就労権と生存権に影響をもたらして、従業員の経済的生存力を危ういものとし、すでに合理的範囲を超えており、被上訴人にとって著しく公平に欠き、無効であるものに該当する。このため、係争競業避止義務条項は「離職後」の部分については無効とすべきである。
4.上訴人と林Xとの間で補償金給付の是非とその金額について、事後に合意に達していない:
(1)上訴人が提出した林Xの離職前夜に林Xとの通信内容により、林Xは上訴人と補償金に関して討論することをずっと避けており、そのため上訴人は計285萬205新台湾ドルを供託したことが分かり、双方が補償金の給付の是非及び補償金の金額についていずれも合意に達していなかったことを証明できる。上訴人はその後林Xのために補償金を供託したことで、著しく公正に欠き、無効である係争競業避止条項の「離職後」部分について効力を回復できるというものではなく、上訴人が凃Yのために補償金を供託していないことは言うまでもない。
(2)調べたところ、林X雇用契約第9.2条には元より「…台湾裁判所が最終司法決定を下したことで、本契約で定める競業避止義務の期間、地域、又は如何なるその他の制限も、従業員に対して執行不能又は無効となったとき、本契約第9条競業避止義務及び引き抜き禁止の条項は最も広い期間、地域及び最大の程度に変更されたとみなし、当該裁判所が決定できる又は指示を執行できるようにする。」と約定されている。裁判所に合理的な制限の範囲を確認するよう請求する責任とリスクを被上訴人の負担に帰すべきではなく、さもなければなお著しく公正に欠くものに該当する。林Xが離職後に行った競業行為が背信性を有する、又は信義誠実の原則に反するか否かに至っては、上訴人がその他の法律関係に基づいて林Xに損害賠償責任又はその賠償の範囲を請求できるか否かという問題であり、係争競業避止義務条項の「離職後」部分が有効かとは無関係である(最高裁判所109年度台上字第1616号、109年度台上字第4号判旨)。したがって、係争競業避止条項の「離職後」の部分は前記第9.2条約定があることで、著しく公正に欠くという事情はない。
(三)上訴人による林Xに対して競業避止義務債務が存在することを確認する請求、並びに林X雇用契約第10条の約定「任意の一方が本契約に記載される任意の約定に違反したとき、違反していない側が請求した場合はそれが引き起こした如何なる損失及び損害賠償責任も負担しなければならず、裁判所費用及び弁護費用を含むがこの限りではない。」、民法第179条規定に基づく林Xに対する200万新台湾ドルと金利の請求については、いずれも理由がない。
1.林X雇用契約における競業避止義務条項の「離職後」に関する部分の約定は無効であり、上訴人がこの約定に基づいて「林Xは離職日、即ち2019年6月1日から離職後24ヵ月、即ち2021年6月1日まで、上訴人に対して直接的又は間接的に湛積公司又はその他の上訴人と競合関係にある事業体に就職し、電動バイク用モーター設計、研究開発又は製造関連の業務に従事してはならず、その他の方法で電動バイク用モーター設計、研究開発又は製造関連の役務又は協力を上記事業体に提供することもしてはならない」という競業避止義務債務の存在を確認する請求をすることには、理由がない。
2.上訴人はすでに新北地方裁判所に対して林Xのために補償金全額285万205新台湾ドルを供託する手続きを行い、当該裁判所からの返信により、被上訴人が当該供託金を受け取らなかったことが分かり、上訴人は改めて法に基づき供託所に対して当該補償金の取戻しを請求しなければならない。よって上訴人が民法第179条規定により林Xに200万新台湾ドルと金利を請求することも、根拠がないものである。
(四)「被上訴人が負う引き抜き禁止債務」部分が係争雇用契約の約定範囲内にあるかについての上訴人による確認請求には、理由がある。
1.労働者の使用者に対して忠実義務を負うことに基づいて、労働者は「在職期間」に引き抜き禁止義務がある。林X雇用契約、凃Y雇用契約で林X、凃Yは上訴人に対して在職期間に引き抜き禁止の義務を負い、著しく公平に欠き、無効であるという事情はない。労働者が「離職後」に使用者の在職者に離職するよう教唆、利益誘引又は勧誘を行うことを禁止する引き抜き禁止条項については、労働者の離職後の就労権を制限していないので、「競業避止義務」の範囲にはなく、即ち引き抜き禁止約定は労働基準法第9条の1の規定範囲にはない。且つ係争引き抜き禁止条項の期間が、労働者の在職期間又は離職後の24ヵ月間を問わず、被上訴人は上訴人従業員又は上訴人関係企業の従業員を勧誘することを業としておらず、被上訴人の就労権及び生存権にも影響しないため、たとえ被上訴人に前記行為を禁止したとしても、被上訴人に対して著しく公平に欠き、無効であるという事情はない。双方が締結した係争引き抜き禁止条項は法的に有効であり、被上訴人は当該条項により上訴人に対して「在職期間」及び「離職後24ヵ月間」に上訴人従業員の離職を勧誘したり、又は勧誘を試みたりしてはならないという引き抜きを行わない債務を負う。
2.また上訴人は2013年4月12日に林Xと雇用契約を締結したが、該約定は2013年5月2日に発効している。林Xは2019年6月1日に離職した。上訴人は凃Yと2015年6月15日に雇用契約を締結し、凃Yは2019年9月3日に離職した。これにより、林Xが離職した後の24ヵ月間は2021年6月1日に満了となり、凃Yが離職した後の24ヵ月間は2021年9月3日に満了となる。したがって上訴人が、林Xが2013年5月2日から2021年6月1日まで、凃Yが2015年6月15日から2021年9月3日まで、上訴人に対する上訴人の離職を勧誘したり、又は勧誘を試みたりしてはならないという引き抜きを行わない債務の存在を確認するよう上訴人が請求したことには理由がある。
(五)被上訴人が上訴人の従業員を共同で悪意をもって引き抜いたことは、共同権利侵害行為を構成し、連帯して賠償責任を負わなければならない。
1. 故意に善良の風俗に反する方法をもって他人に損害を与えたとき、損害賠償の責任を負うと、民法第184条第1項後段に規定されている。いわゆる善良の風俗に反するとは、現代の多元化され商工業の発展した社会においては、行為が倫理道徳、社会習慣及び価値観に反することを指す以外に、経済競争の秩序や商業倫理から逸脱する不当な行為をもって他者の努力の成果を甚だしく搾取することを含む。企業の従業員が企業経営又は商業活動において、職務の機会を利用して企業の資源を取得し、共同で画策して当該企業と不当な営業競争を行い、企業が既存の顧客を失い、損害を被ったときも、またこれに該当する(最高裁判所106年度台上字第1693号判旨)。いわゆる「引き抜き行為」には教唆、利益誘引等の勧誘の方法で「離職の意思がなかった者が離職を決めること」、「離職しようと思っていた者がその離職の決心を強める、また助力を与えること」等が含まれ、離職に至る動機が何であるのか、例えばキャリアプラン、家庭又は健康の事情、現在の職場への不満等については必然的な関連性はない。それは労働者が忠実義務と引き抜き禁止義務に違反し、善良の風俗に反する方法で、「使用者又は前使用者に在職する従業員を悪意をもって引き抜くこと」であり、「債務不履行責任」を構成するほか、使用者又は前使用者の人的資源という財産上の利益を違法に侵害する「権利侵害行為責任」という性質を兼ね備える。また競争目的から、計画を立て体系的に引き抜きを行い、使用者又は前使用者がすでに訓練して育成した人的資源を減損する、又は使用者又は前使用者の高い信用・名声を利用して、自らの優秀な人材が過去に使用者又は前使用者の職場で働いていたことを宣伝することは、「善良の風俗に反する」「悪意ある引き抜き」にあたる。
2.被上訴人等には悪意ある引き抜き行為はなく、且つ係争離職従業員の実際の離職理由は、上訴人の制度、給与、仕事量に対する不満、個人のキャリアプラン、家庭の事情、人間関係、健康上の考慮等であり、被上訴人等の引き抜き行為とは関係がない、と被上訴人は抗弁しているが、上訴人が提出した証拠によると、「林Xは離職前の2019年3月には最初に、上訴人の従業員に対して内密に林Xの設立した会社に転職するように勧誘、利益誘導を行っており」、「林Xは離職前に、すでに上訴人の従業員に対して直接に、公開で自分が将来設立する会社に転職するよう勧誘、誘惑しており」、「凃Yは林Xに協力して、湛積公司設立の資金を集め、且つ資金募集の成否が上訴人の従業員が離職するかどうかの鍵となることを知っており、資金募集時に軽量型電動キャリアの動力システムに関する人材については上訴人から募集して入ってきたことを旗印とした」ことが認められ、さらに2019年7月25日に設立された湛積公司は2020年3月に従業員数が約40人の規模に達し、その技術部門は半数近くの従業員が上訴人の動力システム研究開発設計及び提携部門から転職した者であったことから、「被上訴人は経済競争の秩序や商業倫理から逸脱する不当な行為をもって上訴人が努力して培った前述の研究、設計関連人材を甚だしく搾取し、共同で善良の風俗に反する方法で、上訴人の人的資源という財産上の利益を違法に侵害した」と認めるに十分であり、被上訴人の凃Yと林Xが共同で計画的、体系的に、電動バイクの重要技術を有する上訴人の動力システム部門に対して大規模な従業員の引き抜きを行ったことを証明できる。また係争離職従業員の離職と、被上訴人の共同の悪意ある引き抜き行為との間に相当な因果関係が存在するため、被上訴人は上訴人に対して連帯で賠償責任を負わなければならない。
(六)上訴人が民法第184条第1項後段及び第185条規定により、被上訴人に800万新台湾ドルと金利を連帯で賠償するよう一部請求をすることには、理由がある。 
1.悪質な引き抜きによる損害賠償の範囲については、「具体的損害計算法(民法第216条に規定される受けた損害及び失った利益)」と「抽象的損害計算法(営業秘密法第13条第2項の侵害者が侵害行為によって取得した利益;専利法第97条第2項の当該特許の実施許諾で得られる合理的なロイヤリティーを基礎にしてその損害を計算)」に大別することができ、債権者はいずれか一つを選択して計算することができる。また債権者が具体的損害計算法を選択するとき、「受けた損害」については「一定の措置を採ることで増えたコストの支出(例えば引き抜かれた人員を補充するために新人を募集する募集費用及び研修コスト、これにより増えた給与コスト、在職者の離職を回避するための支出という追加コスト、元来の作業計画の遅延を回避するための予定外に増えたコストの支出等)」が含まれ、「失った利益」については「抽象的計算」と「具体的計算」に分けられ、前者は「元来、企業の属する分野における通常のビジネス発展において予期できる利益」をいい、後者は「侵害行為により、取引行為の進行又は予定の計画実施が妨げられることで得られなかった具体的な利益」をいう。
2.上訴人は、被上訴人が2019年7月25日に湛積公司を設立し、且つ動力システム部門及び関連部門の従業員が大量に離職して、同年10月末現在で21人が離職願を提出しており、上訴人は大量の離職の波に直面して、キーパーソンを定着させるため、人材定着プロジェクトを起動して、動力システム研究開発・設計部門の5人を選定して2019年11月5日にそれぞれ「人材定着奨励契約」を締結し、その5人分の人材定着奨励契約で定める奨励金は合計1314万8800新台湾ドルに上り、これは在職する従業員を定着させるのに必要な支出の費用であると主張した。上訴人は、被上訴人が共同で悪意ある引き抜きを行い、その動力システム部門と関連部門の従業員が大量に流出して、2020年6月現在で、ヘッドハンティング会社を通じてチームのメンバーであった5人分の穴を埋めるため、ヘッドハンティング会社に合計149万4800新台湾ドルの手数料を支払い、いずれも被上訴人が共同で悪意ある引き抜き行為を行ったことで生じた上訴人の損害であると主張した。以上をまとめると、上訴人が被った被害は1464万3600新台湾ドル(1314万8800+149万4800=1464万3600)であり、上訴人が民法第184条第1項後段及び第185条規定により、被上訴人に800万新台湾ドルを連帯で賠償するよう一部請求をすることには、理由がある。

五、以上の次第で、上訴人が被上訴人に対して連帶で800万新台湾ドルを支払うよう一部請求を行うことには理由があり、本裁判所は主文第2項に示す通り判決するものである。
   
さらに上訴人は変更声明を行い、係争引き抜き禁止条項に基づいて、林Xが2013年5月2日から2021年6月1日まで、凃Yが2015年6月15日から2021年9月3日まで、上訴人に対して、上訴人の従業員の離職を勧誘したり、又は勧誘を試みたりしてはならないという引き抜き禁止債務の存在を確認する請求を行ったことには理由があり、主文第3項に示す通り判決する。上訴人の前述部分を超える請求にはいずれも理由がなく、その余の請求を棄却する。

2023年11月29日
労働法廷 裁判長 賴秀蘭  
裁判官 陳筱蓉 翁儀齡

2023年12月5日
書記官  林淑貞

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