鴻海の競業避止義務条項、裁判所は「厳しすぎ」と認定
2014/08/27 | 2013年 前のぺージに戻る    

■ 判決分類:営業秘密

I 鴻海の競業避止義務条項、裁判所は「厳しすぎ」と認定

■ ハイライト
鴻海精密工業股份有限公司(Hon Hai Precision Industry Company Ltd.)ネットワーク・インターコネクション・ビジネス・グループ(NWInG)のプロジェクトマネージャーである黄○偉とエンジニアの曹○峰が同業者である緑點高新科技股份有限公司(Taiwan Green Point Enterprise Co., Ltd.)へ移籍したため、鴻海は競業避止義務条項に違反したとして2人に合計867万新台湾ドル余りの賠償金を請求した。新北地方裁判所の裁判官は鴻海が雇用主という強い立場を利用して、黄○偉と曹○峰に対して鴻海の合理的な利益を保護するための範囲を大きく超えた約款に署名させたもので、該約款の「厳しさ」の程度は公平を失し、且つ公序良俗を反するものであるとして、鴻海に敗訴の判決を言い渡した。裁判所の判決に対して、鴻海は会社の利益を守るため、上訴する意向を示した。
本件の起訴状において、鴻海側は、黄○偉と曹○峰の両名はいずれもアップル社のコネクタ、ケーブル製品及びケーブル組立等の様々な製品の研究開発、製造、販売、供給に接触することができたと指摘している。両名が離職後に同じ業務に従事することを避けるため、両名に対して在職期間に「誠信廉潔暨智慧財產權約定書」(信義誠実・清廉及び知的財産権に関する約定書、以下「約定書」)に署名して、離職日から2年以内は鴻海及びその関連企業がある国家及び地域において鴻海の業務と競業する行為に直接的又は間接的に従事しないことを保証するよう要求した。しかし一昨年末に、両名は前後して「健康上の理由」で無給休暇を申請したが、無給休職期間が満了となっても原告の会社には復職しなかった。その後、鴻海は両名が競合相手である緑點高新科技股份有限公司(Taiwan Green Point Enterprise Co., Ltd.、以下「緑點公司」)に移籍したことを知り、両名に合計867万新台湾ドル余りの賠償金を請求するとともに、即刻離職し、2014年3月3日までは台湾、香港又は中国で類似の仕事に従事しないよう要求した。
曹○峰は、鴻海に在職中、製品の研究開発及び設計を担当しておらず、顧客来訪時の接待とプロジェクト進捗管理のみを担当していたため、製品のオファー価格を決定する権利はなく、鴻海の営業秘密も知ることはできなかったと主張した。
黄○偉も、主にワイヤ組立プロジェクト進捗管理を担当し、実際に研究開発、設計又は製造の作業を担当していなかったため、関連する製品技術については深く理解していないと強調した。
両名は鴻海の約定において台湾、中国、香港、日本、シンガポール、マレーシア、米国、カナダ、英国、アイルランド、チェコ、ハンガリー及びその他の鴻海又はその関連企業が所在する地域又は国家を禁止地区と定めており、範囲が広すぎるため、離職した職員が就業する権利と利益を大きく侵害すると反論した。
裁判官は、黄○偉、曹○峰の両名の業務範囲から接触できた技術、機密、又は情報の具体的内容が何であったかを鴻海が立証できず、鴻海の保護されるべき利益の存在を認定できず、さらには両名の職務と地位が営業秘密を知り得たとは認定できず、加えて制限している労働者の就業の対象、地域、職業活動の範囲が広すぎて合理的ではないと認め、鴻海に敗訴を言い渡した。本件はさらに上訴することができる。〔自由時報2013年4月14日第A16面〕

II 判決内容の要約

台湾新北地方裁判所民事判決
【裁判番号】101年度労訴字第134号
【裁判期日】2013年4月3日
【裁判事由】違約金給付等

原告 鴻海精密工業股份有限公司(Hon Hai Precision Industry Company Ltd.)
被告 黄○偉
被告 曹○峰

上記当事者間の違約金給付等事件につき、本裁判所は2013年3月13日に口頭弁論を終結したので、次のとおり判決する。

主文
原告の請求及び仮執行宣言申立はいずれも棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。

一 事実要約
原告の主張:
原告は技術と業務が不当に流出することを避けるため、被告2名と「誠信廉潔暨智慧財產權約定書」(信義誠実・清廉及び知的財産権に関する取り決め、以下「約定書」)を締結し、その第5.2条において「本人は離職日から2年以内は鴻海がある国家及び地域において鴻海の業務(計画中の業務を含む)又はその業務に関連する事務と競業する行為に直接的又は間接的に従事してはならない。その行為には鴻海の競合者の競争力を高めたり、改善に協力したりするだけではなく、鴻海の競合者に役務や労務を提供して、鴻海の顧客(商談中の顧客を含む)と接触、訪問すること、鴻海の顧客に鴻海の製品と同一又は類似する製品を販売すること、又は鴻海の競合者に対して鴻海の製品、技術と同一又は類似の製品、技術又は知的財産権を販売又は利用許諾を行うことを含む」と約定されている。
被告2名はそれぞれ2011年10月31日、2011年11月22日に健康上の理由で無給休職を申請したが、無給休職期間が満了となっても原告の会社には復職しなかった。原告が電話で調査したところ、思いがけず被告2名は原告と競合関係のある緑點高新科技股份有限公司(Taiwan Green Point Enterprise Co., Ltd.、以下「緑點公司」)で働いていた。さらに調べたところ、緑點公司の経営する事業項目が無線通信機械器材、電子部品の製造、卸売等で、世界的に著名な携帯電話端末メーカーが最も信頼を置くサプライヤの一社であると自賛しており、海外拠点は台湾、中国(華北、華東、華南)、マレーシア、米国にあり、明らかに原告が経営する事業の一つである3C電子製品部品の研究開発、製造等と同一又は類似の性質に属し、かつ市場競合関係を有する。さらに緑點公司は米国のJabil Circuit Inc.に買収され、その関連企業となっており、Jabil Circuit Inc.も原告とは営業項目が類似し競合関係にある。

二 両方当事者の請求内容
(一)原告の請求:
1.被告2名はただちに緑點公司及びJabil Circuit Inc.のその他関連企業又はそれが掌握する企業、法人又は機構から離職し、2014年3月3日まで台湾、香港又は中国においてコネクタ又はケーブル等と同一又は類似の業種に直接的若しくは間接的に従事若しくは経営したり、又は他人が従事、経営するよう教唆したり、又は各種名義でコネクタ又はケーブル等の生産、研究開発若しくはその他の類似の仕事を担当してはならない。それにはアップルコンピュータ及びその関連企業の製品又はその他の主要3C電子メーカーの製品に限らず、コネクタ又はケーブル等の生産又は研究開発、又はその他の類似する仕事を直接的又は間接的に担当することを含む。
2.被告の黄○偉は原告に766万9000新台湾ドル及び起訴状副本の送達翌日から支払い済みまで年5%での割合による利息を支払うべきである。
3.被告の曹○峰は原告に100万1500新台湾ドル及び起訴状副本の送達翌日から支払い済みまで年5%での割合による利息を支払うべきである。

(二)被告曹○峰の答弁:係争競業避止義務約定は無効である。
請求:1.原告の請求及び仮執行宣言申立をいずれも棄却する。2.担保を立てるので、仮執行免脱宣言申立の許可を請求する。

(三)被告黄○偉の答弁:係争約定書は無効である。
請求:1.原告の請求及び仮執行宣言申立をいずれも棄却する。2.担保を立てるので、仮執行免脱宣言申立を請求する。

三 本件の争点
(一)係争の競業避止義務に関する約定は有効であるか否か。
(二)原告はすでに約定に基づいて被告に競業避止の補償費用を給付しているか否か。
(三)被告には競業避止義務違反があったのか否か。
(四)原告が被告に直ちに離職を請求することに理由はあるのか否か。
(五)原告が被告にそれぞれ766万9000新台湾ドル、100万1500新台湾ドルの賠償を請求することに理由はあるのか否か。

四 判決理由の要約
係争の約定書における競合避止義務条項の効力について:
(一)民法第247条の1第2号でいう「相手方当事者の責任を加重するとき」とは、一方が事前に契約条項を定め、他方が知り及ばない又は変更を交渉する余地がないことを指し、いわゆる「その状況が公平を失する場合」とは、契約の本質により生じる主な権利と義務に基づき、又は法律規定により総合的に判断して、明らかに公平を失する状況があるものを指す。
(二)調べたところ、被告2名はそれぞれ2003年1月20日、2007年4月9日に係争約定書を締結しており、明らかに原告一方が事前に定めた条項であり、被告は係争約定書に署名するしかなく、被告又はその他の署名すべき従業員には変更を交渉する余地はなかった。従って係争約定書は民法第247条の1に定められた定形契約であると認定できるはずである。
(三)さらに競業避止義務は契約自由の原則において、その約定が民法第72条「公の秩序又は善良の風俗に反するもの」という規定に違反しないことにより初めて有効となる。また競業避止義務の約定が定型契約の方式で締結されているときは、競業避止義務の約定について民法第247条の1各号に列挙された公平を失する状況、即ち1.事前に契約条項を定めた当事者の責任を免除又は軽減しているもの、2.相手方当事者の責任がより重たくしているもの、3.相手方当事者に権利を放棄させる又はその権利行使を制限しているもの、4.その他相手方当事者に重大な不利益があるものなどの有無を斟酌しなければならない。
(四)係争約定書にはすでに被告2名の在職期間の競業避止義務(5.1条)、離職後の競業避止義務(5.2条)、競業避止義務の地域(5.3条)、競業避止義務の補償費(5.4条)、違約責任(5.5条)等の内容が約定されており、該約定書の競業避止義務条項が定められる目的が、被告の在職中及び離職後の転職の自由を制限するとともに、その離職後一定期間内に原告の競合相手に就職したり、原告と同一の業種に従事したりすることを制限し、被告が新しい仕事において原告の企業で知悉した情報を使用し、原告の営業秘密を妨害することを避けることであると分かる。離職した被告にとって、前述の民法第247条の1第3、4号の権利の放棄又はその権利行使の制限に該当し、相手方当事者に重大な不利益をもたらす約定である。
(五)係争約定書の競業避止義務に関する約定が有効であるか否かは、契約の本質によってもたらされる主な権利と義務が公平を失しているかを斟酌し、斟酌の要件とすべきである。現在の裁判所の実務における多数の見解によると(即ち四基準とは)、1.企業又は雇用主が競業避止義務を特約して保護する利益の存在、即ち雇用主の固有の知識と営業秘密の保護に必要性がなければならない。2.離職した労働者又は従業員の原雇用主又は会社における職務及び地位が、雇用主の営業秘密を知り得るもの。特別な技能、技術がなく、職位が低く会社の経営幹部ではなく、劣勢にある労働者は、たとえ離職後に同一又は類似の業務の会社に就職したとしても、原雇用主の営業を妨害する可能性がないとき、競業避止義務の約定は労働者の転職の自由を拘束しているため無効と認定すべきである。3.被雇用者の就業の対象、時間、地域、職業活動の範囲を制限することは、合理的な範囲を超えるべきではなく、離職した従業員の生存に困難をきたさないようにすべきである。4.労働者、即ち被雇用者には、競業避止義務によりもたらされる損害を補填する代償または手当ての措置が必要である。上記四基準が満たされないならば、該競業避止義務の約定は即ち無効と認定すべきである(前述の四基準及び効力に関する規定は、行政院労工委員会労働基準法改正案第18条の3を参照)。本件の状況について、以下にそれぞれ説明する。

 

1.原告が競業避止義務を特約して保護する利益の有無について:
(1)仕事の経験によって得られた成長は雇用主が故意に育成したものではなく、従業員個人が仕事の過程において少しずつ蓄積した成果である。これは従業員個人の資産(即ち自分自身の専門的能力と素養)であり、知的財産権や営業秘密等の関連問題を除き、雇用主はこれについて保護を受けるべき利益であると考えるべきではない。裁判所は実務上「通常の知識」と「特別な知識」に分けており、前者は被雇用者の主観的な財産であり、離職後も自由に利用できる。「特別な知識」は雇用主の財産であり、離職後も競業避止義務によって使用を禁止されるものである。
(2)米国の裁判所による多くの見解においても、雇用主が競業避止義務条項の保護を受ける合法的利益は解釈を縮減すべきで、従業員が前雇用主の競争にとって不公平な優位性(unfair advantage)を得るものだけに限るべきだと認定している。例えば、前雇用主の経営について深く理解したり、前雇用主の営業秘密、重要な顧客との契約、前雇用主が費用を負担した専門的訓練などを取得したりした場合であり、原告の固有な技能(innate skills)又は業界における通常のノウハウ(general know-how)については競業避止義務条項が制限する範囲にはなく(Lucent v.s.International Business Machines, 2000U. S,Dist. LEXIS14801 (S.D.N.Y.2000))、かつ雇用主はそれが保護を受ける合法的利益について存在し、立証責任を負わなければならない。
(3)ドイツの通説は一致して、企業の経営又は生産技術における秘密が漏洩されたか否か、又はその固定客若しくはサプライヤに影響を及ぼすおそれがあるか否かを以って判断している。単に競業を回避するもの、将来の顧客を労働者に奪われるのを回避するもの、さらには労働者が離職しにくくするだけのものは雇用主が保護されるに値する正当利益を構成しない。さらに企業経営に関連するノウハウ(know-how)については、雇用主が大きなコストを投じずに知りえるもの、又は労働市場において巨額のコストを投じずにこの種の人材を得られるものならば、この種のノウハウは雇用主の単純な競争上の優位性に係わるものにすぎず、基本的には雇用主が保護されるに値する合法利益を承認する理由としては不十分であると認めるべきである。
(4)本件において、原告が保護を受けるべきだ主張する利益について、被告2名の仕事の性質が「PM」(主に「Project Management」、「Product Management」、「Product Marketing」を含むがこれに限るものではない。中国語では「專案管理」、「産品管理」、「産品行銷」と訳される)で、製品をゼロから具体的なものにするキーパーソン(Key Person)であり、関連する製品をゼロから具体的なものにするために必要なさまざまな技術、設備、製造工程、関連するノウハウ、人材配置、価格、ニーズを十分に理解して制御でき、かつ社外では顧客、社内では各部門との窓口をいずれも熟知している。
しかし調べたところ、被告2名が自認する業務範囲を除き、原告はいかなる証拠も提出しておらず、被告2名が米アップル社の担当者と接触、連絡したという文書資料も提出していないため、立証の責任を尽くしたとは認め難く、即ち原告にとって有利な認定はできない。況してや、原告は被告2名がその自認する業務範囲において接触した技術、機密又は情報内容が何であるかを具体的に説明しておらず、製品(又はプロジェクト)の進捗管理を含む被告が担当した職務だけを以って被告が該製品に関連する営業秘密又はノウハウを知悉していたと認定することはできない。言い換えれば、被告が業務上接触したことのない情報であれば、原告は競業避止義務条項で保護を受けるべき利益が存在せず、被告が業務上接触したことがある情報についても、その内容が原告の業務関係にいかなる重大性があるかに基づき業界において一般的に周知される情報か否か、被告2名自身のノウハウや素養(通常の知識)であるか否かを判断する。
 以上をまとめると、原告は被告2名が業務範囲において接触する技術、機密又は情報の具体的内容を立証しておらず、被告2名が通常仕事上必ず接触する情報の状況証拠さえも提出できないため、本件は原告に保護を受けるべき利益が存在するとは認定できない。

 

2.被告2名の原雇用主又は企業における職務と地位について:
被告2名が離職する以前、それぞれ原告企業のネットワーク・インターコネクション・ビジネス・グループ(NWInG)のプロジェクトマネージャー、プロジェクトエンジニアだった。形式上は管理、方針決定を行う上層の職位にはおらず、また技術研究開発部門にも属さない。さらに原告は被告2名が担当したいわゆるPM等の職務内容に関する証拠を何ら提出しておらず、被告2名が就いていた職位の重要性については十分に証明されていないため、被告が競業避止義務の制限を受けるべきだとは認定できない。況してや、原告は被告2名がアップル社等の関連する「コネクタ」、「ケーブル製品」及び「ケーブル組立」部品の研究開発、製造工程、量産、技術、規格認可、さらにはオファー、見積もり等の市場の動向、予測、展望等の全ての資料についてはいずれも被告2名が接触、熟知でき、かつそれらの管理の範囲内にあると立証できないため、2名が原告の企業における職務と地位において原告の営業秘密を取得できたとは認定できない。

3.被告の就業を制限する対象、期間、地域、職業の範囲について:
(1)米国裁判所による多くの見解において、競業避止義務条項を厳しく審査する態度が採られている。制限範囲(対象、期間、地域、職業活動等を含む)の合理性については逐一審査する。もしその中のいかなる項目の範囲も雇用主の合理的な利益を保護する程度を超えているならば、当該競業避止義務約定は無効と認め執行を許可しない。裁判所は不合理に制限する条項部分を書き換えたり、文字を削除したりする以外の動作によってそれを有効なものとすること(Blue Pencil Doctrine)はせず、かつこの審査は条項そのものの文義について認定するもので、離職した従業員がその後実際に競合行為に従事した具体的な状況には及ばない。これは雇用主が条項を定めた時に実際に必要な程度を慎重に考慮するよう規制するためであり、雇用主があわよくば制限範囲を好き放題に拡張して、裁判所にそれを削除、変更してもらうのを待ったり、従業員のその後の行為が裁判所の禁止すべきであると認める範囲にうまく入いり雇用主の請求を認められるか否かを見たりするのを回避する。同時に裁判所が過度に介入して、当事者が事実上合意していない条項に拘束されることを回避するためである。わが国の法において双方の契約を締結する地位が不公平な契約(例えば定型契約、労働契約)に対する規制については、この解釈の方法も規範の目的に適合するものであり、さもなければ雇用主に制限の範囲を拡張する誘因を提供するものと変わりなく、契約が地位の優位性を有する一方に過度に傾斜するのを正すという目的を達成するのが難しくなる。この見解は学界(林更盛著,労働法案例研究(二))や前述の労工委員会の労働基準法改正案第18条の3によっても支持されている。本件の被告が担当したのはプロジェクトマネージャー、エンジニアに過ぎず、上層の管理職ではなく、原告と対等に約定を交渉できる地位にはなく、かつ係争約定書は原告が準備した定型約款であり、被告が交渉する余地はさらに小さく、上記解釈原則を採用する必要があることを、ここに併せて説明する。
(2)競業避止義務の期間
 ドイツ法では2年を超えた場合は無効と明確に規定されている。2年という制限期間は米国の多くの裁判所でも受け入れられている。わが国の裁判所の競業避止義務約款に関する勝訴判決を整理すると、競業避止義務の限制期間を2年とするものが全体の40.73%、2年又はそれ以下は84.21%をそれぞれ占めている(洪栄宗、劉偉立、黄心苑著、わが国の営業秘密侵害及び競業避止義務違約に係る判決の量化研究,2007年10月)。ここから2年以内という期間が台湾の裁判所においても実務的に受け入れられていることがわかる。係争約定書第5.2条約定では競業避止義務期間を2年としており、被告も被告の業務内容を以って2年の期間が特に厳しいという状況を立証していないため、本件の制限期間に不合理なところはない。
(3)制限する地域
甲.米国の多くの裁判所の見解によると、雇用主が実際に営業活動に従事している地域に限定すべきであるとしている。競業避止義務約款の目的が離職した従業員の原雇用主に対する不公平な競争を避けることであるという観点から、雇用主が営業活動を行っていない地域において労働者の競業を制限することを許可する必要はない。ドイツ法においても、制限する仕事の種類の明確である時、制限する地域はやや広くてもよい。ただしどのようなことがあっても、労働者には一定の職業の自由を残す必要があり、したがって競業の制限地域は原雇用主の営業活動範囲内とし、労働者が先に従事していた職務と関連するものに限らなければならない。
乙.係争約定書第5.2条をみると、本件の競業避止義務条項の地域は「鴻海とその関連企業が所在する国と地域」に及び、さらに第5.3条には「本条でいう競業避止義務の地域には台湾、中国大陸、香港、日本、シンガポール、マレーシア、米国、カナダ、英国、アイルランド、チェコ、ハンガリー及びその他の鴻海又はその関連企業が所在する地域又は国家」と定められている。第5.3条に列挙される地域だけでも、わが国国民にとって主要な就業市場がすでに含まれている(とくに世界で大多数の中国語圏及び英語圏の国がカバーされている)。しかしながら原告は世界3C(コンピュータ、コミュニケーション、コンシューマ)製品受託生産分野において最大規模を有し、成長が最も速い国際ITグループであると自称している。原告一社が登録している営業項目だけでも45項に上り、原告の関係企業の営業項目を含めると、その営業内容はさらに広くなる。係争約定書第5.3条に列挙される地域には明らかに、原告とその関連企業の営業活動を行う地理的範囲を含むが、いずれもコネクタ、ケーブル製品及びケーブル組立の関連業務の営業範囲には属さない。原告によれば、被告が原告の企業に在籍していた期間、それが担当する業務はコネクタ、ケーブル製品及びケーブル組立等に関連する重要部品部門にのみ限られ、その他の業務には及んでおらず、原告の業務において事実上関連のない地域についても、原告は被告が離職後に就職することを制限しており、客観的には原告が合法的な利益を保護するために必要な範囲を超えている。約款そのものについて、無効であると認めるべき事由が存在する。たとえ事実上被告の競業行為が原告の営業活動地域で発生したとしても、約款そのものが無効となる瑕疵を補うことはできない。
(4)限制する対象と職業の範囲
甲.係争約定書第5.2条で制限する競業活動には、「鴻海の業務(計画中の業務を含む)又はその業務に関連する事務と競業する行為には、鴻海の競合者の競争力又は業務経営を向上、改善、又は調整する行為だけに限らず、鴻海の競合者に労務を提供して、鴻海の顧客(商談中の顧客を含む)と接触、訪問したり、又は鴻海の顧客と契約したすること、鴻海の製品と同一又は類似する製品を販売すること、又は鴻海の競合者に対して鴻海の製品、技術と同一又は類似の製品、技術又は知的財産権を販売又は利用許諾を行うことが含まれる」となっている。該条のいわゆる「鴻海」の定義とは、第1.1条に基づいて、「鴻海及びそれが現在と将来国内外で設置する会社、事務所、工場、関連企業及び(又は)その他の営業組織」となっており、原告一社に限られていない。この条文の文義によれば、原告が禁止する競業活動は被告2名の競業行為が原職務に関連する業務、又は原告の営業秘密、知的財産権を利用することに限られておらず、原告又は現在と未来に国内外にある全ての関連企業と競合関係にあるものを挙げており、被告2名はいかなる労務も提供できない。原告又は現在と未来に国内外にあるすべての関連企業の現有又は交渉中の顧客について、被告2名はそれらのいずれとも接触できず、さもなければ該条で禁止する競業行為を構成することになる。
乙.次に調べたところ、原告の企業が登録する営業項目は45項に達しており、原告のすべての「現在と将来国内外で設置する会社、事務所、工場、関連企業及び(又は)その他の営業組織」の営業項目を加えると限りなく多い。さらにいわゆる競業行為は「鴻海の競合者に労務を提供すること」であり、原告やその関連企業の顧客と接触しただけで競業行為を構成してしまう。このような保護範囲は明らかに被告2名の在職期間に接触できる原告の業務情報を大きく超えるものであり、原告自身の営業活動範囲をも大きく超えているため、原告の合理的利益の保障に必要なものではなく、本件の競業避止義務約款が制限する対象範囲は明らかに広すぎ、必要な範囲を大きく上回っている。

4.労働者の競業避止義務に伴う損害の代償又は手当ての補填の必要性について:
(1)ドイツの商法の規定によると、競業避止義務期間における毎年の補償額は従業員が離職した時約定で取得できる報酬の半分を下回ってはならならず、さもなければ競業避止義務の約定は無効となる。米国の裁判所は競業避止義務が従業員に対して厳しすぎるか否かを考慮する時、その対価の妥当性や退職金について、雇用主が自らの利益のために従業員が離職した後の職業選択の自由をカバーしているかを考慮している。補償が妥当でないと、従業員の生計に困難を来たしてしまうため、この代償は、単に(前記の対価)の有無だけで判断してはならず、その金額が少なくとも従業員が理に合った生活を送れる程度に達して、初めて競業避止義務の約款が有効であると認めることができる。本裁判所が各審級の実務的見解を収集、整理したところ、ここ8年間に裁判所が「代償措置の有無」を競業避止義務契約が有効であるか否かを判断する要件として挙げたケースは、代償措置は単に違約金の多寡を考慮するためだけのものと考えるケース比べてほぼ2倍近くに達している。これは離職後に競業避止義務契約が従業員の労働権や生存権等の基本的人権に影響を及ぼすため、代償措置の補償は必要であり、それによって初めて(競業避止義務契約が)有効となるというのが、現在実務的な大多数の見解となっていることを示している。本裁判所は外国の法例及びわが国の実務的な見解、さらに行政院労工委員会の労働基準法改正案第18条の3を斟酌して、競業避止義務条項は法秩序が許すものとし、雇用主の経営手段に十分な形成の余地を与えるものであるが、同時に従業員がこれにより受ける損害を考慮しないわけにはいかない。従業員は職業の自由を行使することで、経済上の生存の基盤を確保し、それに対して制限を加えるときは補償する必要があり、それによってその利益を考慮し合理性を具えることができる。この時に補償措置は双方の利益の衡平(エクイティ)措置であるだけではなく、契約の自由を過度に侵害しないようにするためのものである。代償措置がないときは、競業避止義務の制限が合理的な範囲を超えているため、該契約は無効と見なすべきである。原告は実務的に少数の見解を挙げ、競業避止義務は補償金を以って有効条件とするものではないと主張しているが、これを採用することはできない。
(2)係争約定書における補償措施の関連約定は以下の通りである。
甲.第1.7条では「"競業避止義務補償費"とは、鴻海における『役務期間内』に受け取るすべてのボーナス(年末ボーナス及び業績ボーナス)及び従業員に対する配当株式の50%である」と規定している。
乙.第2.2条では「本人は、鴻海との各契約、協議、承諾(本約定を含む)を履行することにより給与報酬という合理的な対価を受け取ることができると理解し、鴻海が『鴻海ボーナス作業制度に基づいて支給した年末ボーナス、業績ボーナス及び従業員に対する配当株式は本人が本約定に署名し履行することに対する完全に対等な対価である』」と規定している。
丙.第5.4条では「本人が競業避止義務を履行することを合理的に補償するため、鴻海は競業避止義務補償費の支払いを『今後』行っていき、競業避止義務の補償費が法律又は労働主管官庁が発布した法定補償標準に達しないときは、法定補償標準を基準とする。ただし本人は、鴻海が競業避止義務補償費の一部又は全部の支払いの免除を選択して書面で第5.2条でいう義務の一部又は全部を免除してもよいことに同意する」と規定している。
丁.第5.5条では「本人が本条規定に違反したならば、本人は賠償責任を負わなければならない。鴻海の指定期間内に第5.4条の補償及び違約で得た所得を会社に返還しなければならない。さらに上記金額総額の30%を違約金として支払う」と規定している。
戊.第9.1条では「本人は『在職期間』において鴻海又はその関係企業から毎年受け取ったボーナス(年末ボーナス及び業績ボーナス)及び従業員に配当される株式の50%(以下「報酬」という)は本人が本約定の義務(競業避止義務を除く)を完全に履行することに対する対価であることに同意、理解するものである。本人が第5条以外の規定に違反したならば、関連の法律に基づいて民事賠償又は刑事責任を負うほかに,鴻海が通知した期間内に本人はここ3年間に受け取った上記報酬を鴻海に返還しなければならない」と規定している。
(3)上述の約定から、文義の解釈上、原告は「締結後」被告2名の在職期間に毎年鴻海ボーナス作業制度で支給した年末ボーナス、業績ボーナス及び従業員に配当される株式を被告2名が係争約定書に署名、履行する完全な対価としていることをうかがい知ることができる。すべてのボーナス及び従業員に配当された株式の50%は競業避止義務を履行する補償費とし、残りの50%は競業避止義務以外の義務(約定書に記載された協力、守秘、信義誠実・清廉の義務)を履行する対価である。その中で第5.4条でいう「今後」支払われる競業避止義務補償費とは、「締結時」又は「離職時」に給付されるものではなく、被告2名が約定書を締結した後、在職期間内に毎年給付されるものである。況してや、約定書第5条で規定される競業避止義務には、「在職期間」及び「離職後2年間」の競業避止義務を含み、従って原告が従業員の在職期間および離職後2年間に競業避止義務を遵守するよう要求するため、従業員の在職期間に毎年競業避止義務補償費を支払っており、この規定は合理的である。
(4)被告2名は在職期間に毎年受け取ったボーナス及び配当された株式の総額は当年度の給与所得総額を大きく上回っており、それは「給与額の10倍」に達する状況があり、原告が被告2名に与えた待遇は厚く、一般的な経験則に基づいて、被告2名に重要性のある仕事を担当させ、会社が被告に留任させ、被告が他社に転職して使用されるのを回避するためでなければ、このような高額のボーナス、株式による配当等の厚遇を理由なく与えることがあるだろうか。従って、原告が約定書に競業避止義務補償費を給付する規定があるとする主張は事実であると認定すべきである。

5.以上の説明をまとめると、本件の競業避止義務約款の約定は原告が競業避止義務の特約で保護する利益の存在、被告の職務及び地位、労働者の就業の対象、地域、職業活動の範囲を制限する合理性については、明らかに合理的とは認め難い。つまり原告がその雇用主としての優位性を利用して、被告に事実上原告の合法的な利益の保護に必要な範囲を超える競業避止義務約款に署名させ、被告が離職した後に就業の選択を制限しており、その約款の厳しさはすでに明らかに公平を失し、公序良俗を反する程度に達していると認められる。民法第247条の1第3号、第72条に基づいて無効とすべきである。たとえ原告が毎年被告2名に競業避止義務補償費を支給していたとしても、本件の競業避止義務の約定が無効であるか否かはその約定内容についてのみ判断すべきであり、被告が過去に受け取った競業避止義務補償が競業避止義務期間の生活に必要なものに足るか否かについては、本裁判所が約定の無効を認定するのに影響しない。たとえ被告が過去に受け取った報酬が多くても、約款の瑕疵を有効にするよう補えるものではなく、即ち原告に有利な認定とすることはできない。

(六)以上の次第で、係争約定書の競業避止義務に関連する条項は無効であると認められ、たとえ被告2名が離職後に緑點公司に就職した状況があったとしても、被告に競業避止義務違反があったとは認定できない。従って、原告の請求には理由がなく、棄却すべきである。また原告はすでに敗訴の判決が言い渡され、その仮執行宣言申立も依拠を失ったため、併せて棄却すべきである。民事訴訟法第78条に基づき、主文のとおり判決する。

2013年4月3日
労働法廷裁判官 劉以全